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Life Design Booksの仲間たち #2 相子智恵

同じ会社で働いていても、他のメンバーがどんな考えをもって、具体的に日々どんな仕事をしているのかは意外と分からないもの。リモートワークだったりプロジェクト単位で動いていたりする会社であればなおさらでは?
前野健太が『興味があるの』という曲で、「僕は君に興味があるの/君の生きていることに興味があるの」と歌っていて、ズキュン。これはラブソングだけれど、恋愛じゃなくてもあらゆる人間関係は、誰かの「興味があるの」から始まっているような気がするのです。一緒に働いている仲間たちが、日々どんなことを考えて、どんな仕事をしているのか興味があるのーーから始まるインタビュー企画。

自分の表現を明け渡す、俳句の世界に魅入られてしまった

相子智恵 句集『呼応』(左右社/2021年)

相子智恵
株式会社ジャパンライフデザインシステムズ  ディレクター

 Life Design Booksの母体である弊社、株式会社ジャパンライフデザインシステムズ(JLDS)には、“俳人”としての顔をもつメンバーがいます。
2009年に俳壇で最も権威のある新人賞とされている「角川俳句賞」を受賞、2021年に出版した句集『呼応』で「田中裕明賞」を受賞した相子(あいこ)智恵ディレクター。
俳人としての彼女に興味をもちながらも、普段は仕事の件ばかりで、踏み込んだ話はなかなかできずにいました。もっと早くこういう会話をしておけばよかったな。彼女から漂ってくる大らかさの理由を知ることができたし、表現は無限に広げられることに気づかされたから。そして何より、俳句の世界にはWellBeingのヒントが詰まっている気がするのです。

 

自分の中に固有のものなんてない

____俳句を始めたきっかけは?

相子:大学は文学部でしたが、1年生の間は講義ばかり。2年生になって何か創作する授業を取りたいと思ったんです。本当は小説や詩に興味があったのですが、2年生が創作実習として選べるのが俳句か短歌しかなかった。どうしようかと思ってシラバスを読んでいたら、俳句を担当する小澤實先生が「僕は、俳句に魅入られてしまった」と書いていて。魅入られるって何よ? そんなことがあるの? 先生のその一言が気になって、俳句を受講することに決めたのです。

 ____俳句がやりたい!からスタートしたわけじゃないんですね。

相子:そうなんです。小さい頃から文章を書くのは得意だったし、読書感想文で賞がもらえてしまうタイプ。でも、ある時、私が書いているのって本当に私が思っていることなんだろうか?  審査員が求めていそうなことを器用に書いているだけなんじゃないかって悩んだ時期がありました。そんなこともあり、自己表現を模索している中で俳句と出会ったのですが、その俳句によって“自己表現の呪縛”から解放されたんです。

 ____それはどういうこと?

相子:五・七・五の17音はあまりに短すぎて、自分の言いたいことが語り切れない世界だったんです。自己表現なんて無理(笑)。でも、短いがゆえに、読み手は想像力を広げながら読んでくれる。自分の表現の内部を他者に明け渡す感じが涼しくて心地よかったんです。
他の人が私の句を鑑賞した時に、意図していたものとずれていることもありますが、その解釈の方がいいなって思うこともある。あるいは、私の句を私以上に深く理解してくれて感動することも多々ありました。俳句は短くて余白ばっかりだからこそ、他者の想像が入り込む余地が大きいんです。
俳句はまた、自分の中に固有のものなんてないことを教えてくれました。自分の外にあるものに触れる中で私の思考はできてきたし、青空を見て俳句をつくるとか、外のものに触れて心が動いたり、何かを生み出したりしていることに気づいたのです。

「俳句を始めて数年が経った頃、我の中に我はない、ということが、ストンと腑に落ちた。自分とは固有のものではなく、対象との関係の中に、万物との呼応の中にあって初めて浮かび上がるものだと。その思いを集名とした。
                  (相子智恵『呼応』あとがきより)

____2021年末に第一句集の『呼応』を出版。この句集が田中裕明賞を受賞しています。

「田中裕明賞」授賞式にて

相子:田中裕明さんというのは45歳で亡くなってしまった早世の俳人。氏の業績を記念して、田中裕明賞は満45歳までの俳人が出した句集を選考対象にしています。
俳人の多くは、何年かに一度、自費出版などで句集を出すんです。私はこれまで出してこなかったのですが、父が病にかかり、父への感謝の気持ちを込めてつくり始めました。残念ながら父の最期には間に合わなかったのですが、一周忌には供えることができました。『呼応』には、21歳から結婚する37歳までの326句を収録。結婚式の句が最後のページにあります。

『呼応』最後のページの句

相子:俳句によって固有のものなんてないと知り、自己表現を明け渡すようにして俳人の道を進んできたわけですが、句集に収めた326 句を通して見た時に、ここにはうっすらとだけど、ちゃんと“自分”があった。来た道に、ちゃんと自分があってホッとしたところもありました。
俳句を始める前、自己表現に悩んでいた27年前の自分に教えてあげたい。自己表現のことなど気にせずに俳句を作っていれば、いつか自分らしさが見える時が来るよって(笑)

『呼応』発売時の紀伊國屋書店新宿本店の文学コーナーにて


目に見えるもの全てが季語になっていく

 ____俳人としては、どういう活動をしているのですか?

相子:俳人にもいろいろな活動の仕方がありますが、俳句の世界では、俳句結社といって俳句の先生についているグループがあり、私は主にそこで活動しています。私は大学の時からずっと小澤實先生のグループ「澤」に入っていて、今も先生について学んでいます。
句会を開く他、グループのメンバーは毎月決められた数の句をつくって投稿。その中から先生が選んだ句がグループの会報誌に掲載され、これらが発表の場になっています。俳句雑誌からの依頼を受けて俳句をつくることもあります。

それと俳句には、つくるだけじゃなく鑑賞する楽しさもあるんです。どんな風に読み解いたか、どんなイメージが広がったかということを鑑賞文として発表する活動を『ウラハイ』というサイトで行っています。俳句は短かったり季語があったりして、どう読み解いたらいいか分からない人が多いと思うので、そこをサポートするための活動の1つ。
小説家と書評家が分かれているのとは違って、俳句の場合は、作家=鑑賞者みたいなところがあるんです。カルチャーセンターの講師や雑誌などの依頼を受けることもあり、こうした活動を通して俳句の楽しさを広く伝えていきたいと思っています。

雑誌からの依頼で俳句作品を発表したり、他の作家の俳句の批評をしたりする仕事も

____確かに、俳句は読み解き方が分かるといいかも。

 相子:たとえば、今回出した句集の中に次のような句があります。

   ゴールポスト遠く向きあふ桜かな

 相子:この句は「ゴールポスト遠く向きあふ/桜かな」という全く関係ない二つの要素でできています。コートの端と端、遠くに向かい合っているゴールポストに「桜」という言葉をポンと取り合わせることで、スタジアムのサッカー場ではなくて、学校の校庭の風景が見えてきませんか?  
言葉と言葉をぶつけることで、イメージが広がっていくのが俳句の面白さ。こうしたイメージが独りよがりなものではなく、読んだ人の頭の中にも広がるかどうか、ちゃんと伝わるかどうかが大事なんです。
だから、俳句をつくることも、JLDS の仕事で健康サイトの記事を書くことも、どちらも人に伝わるものを書くという根幹は変わらないんですよ。

 ____俳句仲間の方たちとは、どのような交流をしているんですか?

 相子:リアルな交流としては、句会があります。複数の人が集まって自分でつくった俳句を提出し、評価し合う場です。句会は年齢も性別も関係ない、ただ俳句を楽しみたい人たちの趣味の集まり。特に20代の頃は東京に出てきたばかりで知人も少ないし、当時働いていた会社は自分と同じ若い世代ばかりだったから、多様な仲間たちが集まる句会の場に救われました。私が元気じゃなかったりすると、母親よりも年上の方たちが気遣って声をかけてくれたり、「うちにご飯食べにおいで」って誘ってくれたりして。だから、私には東京のお母さんみたいな人がたくさんいるんです。

 ____なんの利害関係もない、共通の好きなもので集まる仲間っていいですね。

相子:そうなんです。句会のシステムそのものも面白いんですよ。句会では、自分の句を小さな短冊に書き、“無記名”で提出します。集まった短冊は裏返してシャッフルされた後、さらに清記(せいき)用紙というものに書き写されるので、この時点で誰が何を書いたかは一切分からなくなります。
そして、皆で清記用紙に書かれた句の中からよいと思った句を選んでいく。名前も立場も入り込まず純粋によいと思ったものが選べるし、純粋に創作が楽しめる場なんです。句会は20〜30人集まることもありますが、3人いれば開けます。2人だと誰がつくったか分かってしまうけど、3人いればシャッフルすれば分からなくなるので。

句会の風景(右から2人目が相子)

____俳句はどのようにつくっているの? ふと思いついたりするとか。

 相子:俳句のつくり方として、大きくは「嘱目(しょくもく)」と「題詠(だいえい)」という2つの方法があります。
嘱目というのは、自分が目で見た風物をもとにつくる方法。外を歩いて季節を感じたり目にしたりしたものでつくります。子どもとの散歩は新しい俳句を考えるよい時間。小さな手帳を持って出かけます。
もう1つの題詠というのは、決められた題にそってつくる方法です。例えば、「遊」という字が題の場合は、この一文字を入れて句をつくるんです。この文字が入っていれば、どんな句でもいいんですよ。「遊ぶ」でもいいし、「回遊魚」とか「遊水池」といった言葉を使ってもいい。1つの題からどんどん想像が広がっていって、これも面白いんです。

 ____季節を感じたり、想像力を働かせたり、こういう創作活動は心の健康にもつながりそう。

 相子:そうなんです。小説を1本書いてみようと思ってもなかなかできないけど、俳句だったら誰でも一句ぐらいはつくれると思うんです。心が動いたことを俳句にして、共感を広げていく楽しさもあります。
句会に参加すれば人とのつながりもできるし、俳句をつくるためには季節を感じることが大事だから外へ出かける。家に閉じこもることもなく、足腰が丈夫になります。だからなのか、俳句の仲間には歳をとっても元気な人が多いんです。
俳句の季語はたくさんあるので、目に見えたもの全てが季語になっていきます。それはまるで、世の中にある全てのものを肯定しているような感じ。私もすっかり、俳句に魅入られてしまった。

長野県伊那市へ俳句を作りに。この風景から
「秋雲の荒き影落つ西駒ケ岳(にしこま)へ」という句ができた。



文・丸山一十三
元 株式会社ジャパンライフデザインシステムズ・プロデューサー。健康情報誌『セルフドクター』編集長。日本一の長寿県である長野県に暮らす人々をインタビューし、これからの時代の生き方、暮らし方を提案するコンセプトブック『長野インタビュー 生活芸術家たち』(Life Design Books)を編集・執筆。