『12人の優しい日本人』にみる情報分析のSTEP
「もしも日本に、アメリカのような陪審員制度があったら?」を描いたのが、三谷幸喜脚本・中原俊監督の『12人の優しい日本人』(1991年)である。
シドニー・ルメット監督作『十二人の怒れる男』(1957年)のパロディとも言えるこの作品は、特徴的な12人の陪審員が繰り広げる会話劇であり、『笑の大学』と並ぶ三谷幸喜脚本の最高傑作だと思っている。
本作に登場する12人の陪審員は、以下の容疑の被告人に対して、有罪か無罪かを議論していく。
本作でポイントになるのは、12人の陪審員全員の合意がないと「評決一致」とならないことである。上記、被告人情報というインプットをもとに、「評決一致」というアウトプットへ向けて物語は進行していく。
この『12人の優しい日本人』は、その議論の過程によって、情報分析のSTEPが描かれている。そして、情報分析のSTEPにおけるギャップで、笑いが起こる仕掛けとなっている。
そのため、『12人の優しい日本人』は、情報分析のSTEPを学ぶ上で格好の教材となる。
情報分析のSTEPとは何か?『12人の優しい日本人』とともに見ていく。
『12人の優しい日本人』と情報分析のSTEP
Fact(事実)
最初、被告人に対して、陪審員たちは「無罪」を主張する。
その中で一人、強硬に「有罪」を主張する男が現れる。彼によって、有罪か無罪かの議論が進められていく。
そうした中、陪審員の一人、メモ魔の女性が、事件に対して意見を求められる場面がある。彼女は、メモした裁判記録を読み上げ「これがわたしの意見です」と、したり顔をする。
「それは意見じゃないだろ!」というのが観客の感じることで、結果、笑いを誘うシーンである。これはつまり、情報分析のSTEPのギャップによって笑いを起こしている。
このシーンにおけるメモ魔女性は、裁判記録というFact(事実)を提示したに過ぎない。それを意見と主張するところに面白味があるのである。
Findings(調査結果、感想)
議論を重ねるうち、12人の陪審員たちは「無罪」から「有罪」という主張に流れ始める。
しかし、今度は鈍臭そうなおじさんが、頑なに「無罪」を主張する。理由を問われると、「フィーリングかなぁ」という。これもまた、笑いが起こるシーンである。このおじさんの「フィーリングかなぁ」は、Findings(調査結果、感想)である。
Findingsは、Factの情報やデータをもとにした調査結果であり、感想ともいえる。「晴れ、30度」という天気予報のFact情報に対して、「今日は暑くなりそうです」というのがFindingsである。
Analysis(分析、考察)
さらに今度は、豊川悦司演じる一見怖そうな男が、周りの主張に同調するのを頑なに拒否するおじさんに味方し「無罪」を主張し始める。
「有罪」を主張する人々の論拠を、次々と仮説をもって論破していく。例えば、目撃者のおばさんの「死んじゃえー」は聞き間違いではないか?という仮説である。その仮説は、「死んじゃえー」が実は「ジンジャーエール!」の聞き間違いだった、という爆笑必至のシーンにより立証される。
この仮説立証は、Analysis(分析、考察)となる。
Opinion(意見)
豊川悦司演じる男を中心に、仮説立証は加速し、最終的に12人の陪審員全員の合意が取れ、遂に「評決一致」、つまり、Opinion(意見)となる。
この「評決一致」は、Fact、Findings、そして仮説立証を繰り返すAnalysisというSTEPを踏んだ12人の陪審員全員の合意である。そのため、MECE(Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive、モレなくダブりがない)な意見となるのである。
情報分析のSTEPを意識する必要性
このように『12人の優しい日本人』は、情報分析のSTEPが描かれている。
このSTEPは当たり前といえば当たり前のことだが、実際には、Fact(事実)をOpinion(意見)と勘違いしていたり、Findings(調査結果、感想)をAnalysis(分析、考察)と間違えているケースは多くある。『12人の優しい日本人』のメモ魔の女性のようにである。
筆者自身、若手の頃は、意見と称してFact(事実) やFindings(調査結果、感想)の発言をしたり、資料提出することが多々あった。そうすると、上司や先輩からは、理詰めで人格否定されるか、怒涛のごとく叱られるかだった。今の時代であればパワハラで訴えられるであろう扱いを受けてきたが、今となっては、情報分析のSTEPを体に染み込ませてくれたと感謝している。
情報分析のSTEPは、それらをあえて意識し考えるという行動をすることで、論理的な意見を形作ることが出来るようになる。
戦略と情報分析
Opinion(意見)は、戦略という言葉に言い換えることができるかもしれない。
チームや企業という組織の戦略、もしくは個人の戦略もある。これら戦略を考える上で重要なのは、情報分析である。
第二次大戦における日本軍の敗因の一つとして、情報分析の軽視があげられる。
岡崎久彦著『戦略的思考とは何か』においても、日本軍の問題点として、アングロ・サクソン型の情報重視戦略ではなく、プロイセン型の任務遂行型戦略を採用したことが挙げられている。
優れた戦略を導くには、優れた情報分析が必要であり、優れた情報分析とは即ち、情報分析のSTEPを意識し作り出されたMECEな意見である。
参考になる情報と心を動かす情報
Fact、Findings、Analysis、Opinionは、それぞれ他者にとっての情報となる。
FactやFindingsも、それ自体で価値がある情報であり、これらは、他者にとって「参考になる情報」となる。そして、Analysis、Opinionは、他者の肯定や否定、もしくは感動や驚きといった「心を動かす情報」となる。
例えば、映画のレビューにおいても、作品のあらすじを書くのはFactである。面白かった、つまらなかったというのはFindings つまり感想である。これらは、これから観ようと思う映画に対して参考となる。
なぜ面白かったのか?の理由を仮説立証するのが考察であり、その考察を元に自身の意見が述べられる。考察や意見は、その映画に対して新しい視点を与えてくれたり、もしくは、その考察や意見自体に肯定的、否定的感情を生む。つまり、心を動かす情報となる。
このように、今求められているのは、もしくは自分が伝えたいのは「参考になる情報」なのか「心を動かす情報」なのか。そのことを意識して、アウトプットを作るということもまた、重要である。
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