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「あわいに開かれて」読書感想

今回の本は、小野正嗣さんの「あわいに開かれて」という掌編小説集。

非常に感想を伝えるのが難しいですが、わたしに好きな本が増えたという事だけでも先にお伝えしてから、勢いで感想を書きたいと思います。

好きな漫画に出逢ったような。
それは立ち読みで見つけたのとは全く違う、何とな手を伸ばしたクッキーが美味しかったような偶然。
読む先から消えて行きそうな、でも忘れる恐怖があるわけではなくて、歌をきくように読む。
今いる言葉の場所を歩いているのはたしかで、足から伝わるボコボコとした道の感触がたまらなく心地よくすごす。

こんなことは初めてだ。
読書にはこんなジャンルもあるのか、なんと呼ぶものだろう。
現実に戻ると、そんな疑問が収束するように集まってくるような読後感でした。

一応、このあたりでネガティブな意見も書いておこう。
だいぶ、好き嫌いが分かれるのかもしれない。
短篇よりもずっと短い、掌編。小説といっていいのかわからないほどに、ブツ切り感はあるし、さっぱり意味不明のままページを閉じる人も多いだろうと想像もできる。
たとえば、コミックスを1巻から読みたい人には向かないかもしれない。
ドライブ中に曲をスキップされるのが嫌な人にも、無理かもしれない。
でもそんなこと気にしないで、ただ単にかっこいいと思う漫画の1コマをみつけてほしいし、その日の気分で何語かわからない歌を聞いてみる日があってもいいと思う。
そういう日は、ひとりでいる方がいいと思うけど。

何度かは分からないが、この本を読んで良かったと思った。
あと何回こんな気持ちになれるかわからないけど、そう多くはないだろうという幸せを感じている。

とりあえず今回の読書では、「月明かりの下で」という作品が気に入った。
一冊読めば好きなものが見つかるはず、見つけたあとになぜ好きなのか自分にだけは分かる、そしてもう一度軽く流して、また読むだろう。
もしかしたら、一つだけじゃなくほかの作品も好きになるのではないか、ためしてみようか、そんな気になる。
いつ好きになるかはわからない。でも読み続けていたい。

何日かかけて読み続けているうちに、また違った感情に気が付く。
この著者の世界の楽しみ方がすこし分かってきたのか、物語の世界への出入りに慣れてきたのかは、感覚的なのものなので明言はできない。
だけれども、昔に読み聞かせてもらった昔話や童話の輪郭を覚えていることが楽しみにつながっているのと同じ理由で、この本には輪郭を覚えておきたい物語が幾つもある。
せっかく出会ったからこそ、何度も読みたいし、いっそのこと誰かに読み聞かせしてほしいとさえ思う。カセットテープにその朗読を録音して、何度も何度も聞いていたい気持ちになった。

もう忘れてしまったけど、「お話」を読んでもらうときの気持ちはこんなものだったのかもしれない。不思議なものや、不気味に感じるもの、寂しさを感じるものなど、開く場所にたくさんの物語が待っている。

感情のままに書いたら、少し長くなってしまった。
たっぷりと時間をかけて読んでほしい、そんな風に思える本との出会いになりました。

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