見出し画像

ライ麦畑でつかまる

J・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」が好きです。
折に触れて五回くらい読みました。そのうち三回は声に出して読みました。
声に出して読むと楽しい小説です。多分、六回目に読むときも朗読しているんじゃないだろうか。

きっかけは、無職時代にカラオケに行く金もなく、人との会話が減ってしまったので、発声練習も兼ねて朗読しようと思い立ったこと。
その際の宙ぶらりんな感じが「ライ麦畑」の主人公っぽいなと思って、図書館で借りてきた本を朝から晩まで三日くらいかけて音読しました。ひとりぼっちのアパートで。

小説で癒された経験は、吉本ばななさんの作品全般と「ライ麦畑でつかまえて」。
すごく慰められました。
以下、雑多にこの作品と作品周りについての所感をまとめています。
ネタバレに触れているので、未読の方は先に原作読んでね。するする読めるよ。

・・・
野崎孝訳も村上春樹訳もいい感じです。
学生時代、初めて読んだ時は野崎孝訳だったので、独特な語尾の感じが印象に残っています。
というか、初見(?)で読んだ野崎訳に引きずられすぎて、その後わたしが書いた数作品の文体がモノマネみたいになってしまったので、脱出するのに苦労しました。
最近の三回は村上春樹訳を読んでいるので、そろそろ野崎訳に戻ろうかなと思います。
某批評家の方によると、野崎訳はアントリー二先生のあのシーンを、性的な感じに仄めかしていて、村上訳はあっさり目に書き流しているらしいです。
両訳とも読んだけど、わたしは違いが分からなかった……。

野崎孝訳 文体が独特でちょっと今風じゃない言い回しもあるけど、好き。

村上春樹訳 表現が控えめ(?)でクールさがある。村上文体で、読みやすい。

・・・
(とても曖昧な記憶なので誤りがあったらすみません)
何かのインタビューで村上春樹先生が「ライ麦畑でつかまえて」を語っていました。

あの作品は青春小説として認識されているけれど、実は一個人が地獄めぐりをさせられている様が大人の読者をも惹きつけている、というようなことを言っていました。

どこで読んだんだったかな。ほんと曖昧なのですいません。
出典見かけたら追記します。

・・・
学生時代に読んでおくべき小説として紹介されがちな本作です。
人によっては十代〜二十代までに読まないと良さが分からない、という人もいます。
わたしの見解では、良さが分かる分からないは個人の感性によるところが大きいと思うので、別に初読が何歳でも関係ないと思います。
八十代のおじいちゃんが読んでも「いいなあ!」と思うかもしれないし、小学生の女の子が読んでも「分かる〜!」ってなるかもしれない。
主人公は十七歳の高校退学になった男の子だけど、読者の抱えている重さとか怒りとか興味関心のベクトルが合致していれば、老若男女に開かれた作品であるように思う。
あとで触れますが、尾崎豊が好きな人は大体好きだと思う。

・・・
わたし個人としてはこの作品の魅力は、いかにも男の子っぽい感性と文体にあるような気がします。

寄宿舎にいるジャイアンっぽい男の子が、主人公のちょっと恋していた女の子とカーセックスしたかしないかで殴り合いになるところとか。
体調不良でよろよろしている時に拳銃で撃たれた真似をして一人で悦に入るところとか。
ハリウッドに魂を売った兄貴に落胆しているところとか。

どこまでも筋を通そうとするあまり、「大人になれよホールデン」とか言われて地元の仲間から煙たがれるあたりが、すごいこじらせてる男の子っぽい。
そういう変な極限思考やメランコリック、センシティブな性格から来るストレスを処理できず煙草中毒になってるあたり、ちょっと分かります。

・・・
朗読をしているとき、たびたび感じたのは、遊園地のアトラクションに乗っている雰囲気。
あの男の子の中に入り込んで、寄宿舎からNYまでの旅路を、会う人会う人に拒絶され続けるきつさを、我がことのように体験できて楽しいです。
七十年前の話なのに、ダンスパーティーのシーンとか、一人称視点のビジョンとして目の前に広がる錯覚を覚えます(当時のアメリカの風景は思い及ばないので、今風のクラブとか飲み屋にカスタマイズされている)。

そして、今このエッセイを書きながら思い浮かんだ、もう一つの例えを出すと、
カラオケで尾崎豊を熱唱している時の没入感に近い。
変な例えですが、ほんとこのシンクロニシティに近い。
尾崎豊が好きな人は「ライ麦畑でつかまえて」に親近感が湧くはずです(笑)

・・・
あまりにも感情や感性に訴えかける本作。
考えるな、感じろ! と言わんばかりに、思考が置いてきぼりにされますが、冷静な頭で読んでいくと考察できる箇所もたっぷりあるので、考察厨にもおすすめです。
四回目くらいに読んだ時、エジプト展で出てくる兄弟って亡霊なんじゃないかなと思いました。主人公と弟の。
そのあとで気を失う主人公も、一種の死と蘇りを感じさせるし、そもそもミイラという死者の展示物を見に行く時点で、異界に行ってしまっているというか。
それから主人公が随時頭に被っている赤い帽子は、死んだ弟の赤毛を模倣しているんじゃないかとネットで言われている。
作者が意図して書いているのか知らないけれど、
この作品が「不気味」とか「怖い」と言われる所以は、主人公が死に近い場所にいるものをうっすら感じさせるところにあるのではないかと思います。
何度か読んでいますが、個人的には、そこまで危うさや怖さは感じません。
自滅的な思考に向かう主人公は、最終的に精神病院に行ってしまいますが、最後でとても美しい救いがあるし、浅い理解かもしれないけど、十代の病んでいる少年少女ってけっこうこのくらいのことをやる感じがする。
「狂人」というと重いし主人公の頑張りを完全に否定しちゃうので、「イカれてんなー」くらいがちょうど良いのではないだろうか。

・・・
「ライ麦畑でつかまえて」は熱烈に好きなのですが、J・D・サリンジャーの他作品はあんまり惹かれませんでした。
「フラニーとゾーイ」「ナイン・ストーリーズ」も読んだんだけど、正直にいうと「バナナフィッシュ〜」くらいしか記憶に残っていない(爆)。なんででしょうね。
作者のJ・D・サリンジャーさんも、作家としてのキャリアが不思議な人ですが、特に深追いしようとは思いません。
やはり作品単体が好きなんだろう。

・・・
青春小説の代名詞になっているこの本、置いてあるだけで絵になるのか、映像作品の小道具で使われているのをたまに見かけます。
ちょっと前だと「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(笑い男事件)」でほぼメインテーマに近い扱いで引用されていました。青春小説の部分はなりを潜めていて、どちらかというと「ライ麦畑」をかなり深掘りした薄暗い引用をされていた記憶。笑い男を追い詰めてゆく過程で公安9課が発見するんじゃなかったかな。笑い男編のアニメ自体も怖かったけど、小道具の扱われ方も結構怖かったです。

もう一つ、新海誠監督の「天気の子」でも序盤で村上春樹訳の本がワンカット出てきました。
主人公の男の子が島から都会に出てきて、いざ冒険が始まるワクワク感に拍車をかける感じで爽やかに出てきました。
この映画は青春風味から始まりますよ、という合図なのかなと思いました。
「天気の子」、序盤の加速力良かったです。まさに青春って感じで。

・・・
ヴィクター・ロダート「マチルダの小さな宇宙」という海外小説が、「現代の『ライ麦畑でつかまえて』」(パブリッシャーズ・ウィークリー誌)と評されて出版されています。
その煽り文にめちゃくちゃ惹かれて読んでみましたが、これも面白い小説でした。
主人公は十三歳の女の子なんですが、ちょっとサスペンス風味。冒険譚ではあるのですが、意外な方向へ物語が収束します。あまりにも面白くて読了後「これライ麦畑越えてるんじゃないか」と興奮しました。
今もお気に入りの本として蔵書していますが、「ライ麦畑」ほど中毒的に読み返したいと思わない。
個々の作品の優劣をつけるのってゲスっぽくて嫌なんですが、そうなると益々、本家のあの魅力はなんなんだろう、と考えさせられます。
ただ、この本自体もめちゃくちゃ面白いので超おすすめです。

Amazonの評価なんか低いな……普通におもろいやんけ。

・・・
勢いに任せて色々書きましたが、最後に原作から好きなセリフを一つ。

僕は頭が少しイカれているんだと思うよ。ほんとの話。

特に名言でもないんだけど、この気軽な言い方が大好きなんだよ。ほんとの話。

この記事が参加している募集

読書感想文

海外文学のススメ

サポートありがとうございます。このお金はもっと良い文章を書くための、学びに使います。