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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈13.マイヤ・フレドリカ〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

フィンランドの首都ヘルシンキは、夏の盛りを迎えています。青空に映える白亜のヘルシンキ大聖堂では、階段に腰をおろしてアイスクリームを片手に日向ぼっこをする多くの観光客や地元の人たちで賑わっています。

この町を拠点に、ビジュアルアーティストとして活躍するのがマイヤ・フレドリカさん。個性豊かな作品には、素材の可能性に美学を重ねながら技術を磨く、作り手の誠実な心が映し出されています。

今回は、知識や経験で耕した土壌から唯一無二の作風を育む、クリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Maija Fredrika(マイヤ・フレドリカ)/ ビジュアルアーティスト・デザイナー

マイヤさんは、今から800年ほど前に建設された国内最古の港町、フィンランド南西部の古都トゥルクで生まれ育ちました。子ども時代に夏を過ごしたオーランド諸島までは、トゥルク港から直行の船が出ています。島には大叔母が所有する夏小屋がありました。くたくたになるまで海で泳ぎ、白鳥やカモメ、クラゲ、魚などを追いかけた日々。少女はフィンランドを代表する画家、トーベ・ヤンソンに憧れました。トーベが孤島グルーヴハルで島の暮らしにインスピレーションを得ながらいくつもの芸術作品を生み出したように、海の近くに家を建て、創作を生業としたい。幼少の頃からアーティストを志し、創造性は自然の中で着実に育まれていきました。

高校卒業後は、ポリのアートスクールで絵画を学び、その後、トゥルクの応用科学大学に進学。グラフィックアートを専攻し、ビジュアルアーティストとしての勉強を重ねる中で再び巡り合った木工が一つの転機となりました。

「小学校で手工芸の授業が始まると、迷わず木工を選択しました。編み物よりも性に合っていると感じましたし、その素材に興味がありました。それから10年以上が経ち、大学を卒業する時に、最後の作品としてヴァイノ・アアルトネン美術館のインスタレーションを行いました。そのとき初めて木工作品を制作し、より立体的なものを創作することに感興をそそられました。」


さらなる学びを深めようと、ヘルシンキのアアルト大学へ進学。その間も、マイヤさんの想いをまとった印象的な作品が次々と創出されました。

2012年にトゥルクで開催された芸術祭に出展した〈 Oh no, tears are falling 〉は、古くて美しい木造建築が価値あるものとして十分に扱われていない故郷の課題と向き合った作品です。涙をモチーフにしながらも、あえてカラフルにペイントしたのは、鑑賞者の心からの共感を呼び起こすためだと言います。

「私はこの作品で、取り壊された家々の悲しい運命に対峙しました。今この瞬間だけを切り取るのではなく、これまでの歴史とこれからの未来を考え、希望を添えて色彩豊かな涙で表現したいと思いました。瞳は時に、私たちの内面を映すことがあります。窓を瞳に見立てることで、家々の魂のようなものが鑑賞者の機微に触れ、木造建築を保護したい、大切にしたいと思う気持ちが生まれることを期待しました。」

〈Osaset〉シリーズは、松や白樺の木片にアクリル絵の具やニスを塗って加工した多くの端材を活かしてデザインされました。端材から生まれたユニークなかけらの一つひとつが、ネックレスやイヤリングなどジュエリーのパーツを構成しています。それまでの写実的なデッサンや絵画に代わり、三次元の幾何学的形状に惹かれたタイミングでもありました。

「色の調和と邂逅を目指しながら、遊び心のある機能的なアートに挑みました。研磨したり、ペイントしたりする作業はとても楽しく瞑想的でもありました。2016年にカウニステフィンランドが日本で初めてのポップアップショップをオープンしたとき、私の作品も店頭に並べられました。プロフェッショナルとしてのハイライトです。」

小さく、視覚的に映えるものを追いかけて。2015年に発表した〈SATO〉sieni シリーズで、マイヤさんはフィンランドの森に自生するキノコをモチーフに選びました。キノコは、樹木と共生し互いに栄養を与え合ったり、倒木や落ち葉などを分解して土へ還したり、自然界において大切な役割を担っています。簡素な形姿で知られますが、よく観察してみると、フィンランドではお馴染みのカンタレラやヘルクタッティなどを例にとっても、それぞれ傘や柄の大きさ、太さ、長さがまるで異なることが分かります。

「キノコが菌糸の助けを借りて、私たちの目に見えない領域にどれだけ遠くまで広がることができるのか。キノコの本質、特に生物学的目的について思案を巡らせてきました。〈SATO〉sieni では、木からキノコを創造しました。キノコは木と共生し、森を守っています。森の恵みです。」

大きさの異なるいくつかのキューブと三角形を組み合わせる〈 Jultid 〉では、SATOシリーズよりもデザイン要素を徹底的に削ぎ落とし、塗装 / 無塗装の2パターンを用意しました。

「〈 SATO 〉の曲線が柔らかく自由な印象を与えるとするならば、〈 Jultid 〉は直線的で曖昧さが除かれます。一目見てそれがキノコとわかる〈 SATO 〉とは対照的に、〈 Jultid 〉はそれが何を示しているのかを明確にしていません。おそらく私はデコラティブな製作活動を続けながら、より抽象的な表現に立ち返りたかったのかもしれません。」


修士号を取得してアアルト大学を卒業した後も、マイヤさんは自分らしい表現を模索しました。自分のアートスキルを組み合わせ、実用的な製品を創造したい。昨年の1月から大工職人の勉強を始め、学びの過程で新たな技巧に出会いました。

特に夢中になっているのが、色や木目の異なる木片を組み合わせて模様や形をつくりだす寄木細工、一つの素材に異なる素材を嵌め込んで模様を描く象嵌装飾です。天然木を0.2ミリほどの薄さにスライスした突き板を貼り合わせて図案を施します。繊細な作業には忍耐と正確なトレースが欠かせませんが、マイヤさんの創作スタイルに適いました。

「私は正確でゆったりとした仕事が好きです。寄木細工や象嵌装飾の技法では、ビジュアルアーティストとしての私らしさを活かし、天然木材で模様を描くことが出来ます。プレスから出た後のパターンは絹のように滑らか。素材の変化が新鮮で面白いです。」

機械で高速回転させた木材に刃物を押し付けて形成する「ターニング」も新たに覚えたテクニックの一つです。ノミがどのように施削作業に働くか、練習を重ねながら、木材への理解を深めています。

「ターニングが私にとって欠かすことのできないスキルであることは早々に自覚していました。後回しにしてしまったのは、期待が大きすぎて、がっかりするのが怖かったからかもしれません。木材によって旋盤上での反応が異なるので、そうした違いを研究するのも大好きです。」

マイヤさんは木材などの有機素材を材料に用いるほか、余剰物や廃棄物なども積極的に活用しています。クリエーターとしての自己表現の方法を熱心に追求しながら、自然環境との調和を試みています。

「私の作品をただ鑑賞するだけでなく、もっと手にとって直に触れてもらえるように、機能や目的を持たせることができるものを創りたいと思っています。深刻なメッセージを喚起する場合もありますが、時には遊び心を添えて、細部まで私らしく表現したいと思います。」

誰かの何気ないひとことや、光や音に敏感に反応して生きづらさを抱える時。まずは自分自身の防衛反応を受け入れる。森のきのこにもそれぞれ個体差があるように、苦手なことを自覚し、心地よいと思えることを楽しみながら、適度なストレスとうまく付き合っていきましょう。そうやって自分らしさのかけらを一つ一つ集めることで、やがて宝石のように個性豊かな輝きを放つことができるのかもしれません。

\ マイヤさんにもっと聞きたい!/

Q. インスピレーションの源は?
自然や身近なものからひらめきを得ます。海外旅行もアイディアの種を拾ったり、新しいテクニックを発見するのに最適です。それから、様々な画集は私にとって本当に重要です。他の人の作品から多くのことを学び、それを自分の作品に活かすことができるからです。私はそれをコピーや模倣ではなく、学び、見ることだと考えています。本は視覚的な楽しみです。

インスピレーションはモチベーションにつながることがよくあります。なぜ、誰のために、何を目指して働くのか。なぜ何かを創造し、自分自身を表現する必要があるのでしょうか。でも、それ以外に何もできないという気持ちもあるし、自然にそうなってしまうんです。

Q. 家族との生活
ミュージシャンで、グラフィックデザイナーのトミは公私を共にする運命のパートナーです。トミは今年、フィンランドのグラフィックデザインの専門機関によって選出されるグラフィックオブザイヤーを受賞しました。私たちはヘルシンキのソルナイスにブリュッセル・グリフォンのシス(14歳)とミディ(3歳)とともに暮らしています。

私たちはフィンランドの伝統を受け継ぎ、両親が暮らす故郷に広さ12㎡ほどの小さな夏小屋を所有しています。3年前に自分たちで建てました。設備は非常にシンプルかつミニマルで、私たちにぴったりです。自然とつながると心が休まります。都会での生活が好きですが、私たちにとってこの夏小屋も非常に重要な場所です。一緒に一つのことを楽しんだり、休んだり、本を読んだり、近くのフリーマーケットに行ったり、特別な時間を過ごしています。

Q. 日本との関わりを教えてください
私の視覚美学は日本の美学に大きな影響を受けてきました。幼少期からサンリオキャラクターが好きで、日本を代表する版画家・森義利の作品を小さい頃は寝室に、今は夏小屋に飾っています。

はじめて日本を訪れたのは2009年。交換留学生として京都の精華大学で半年間、伝統的な木版画やエッチング技法を学びました。半年間京都に暮らしながら地方を旅し、中でも直島の雰囲気に魅せられました。コーナンや東急ハンズのようなホームセンターや園芸店も大好きです。次に日本へ行く日が待ちきれません。どこかおすすめの場所はありますか?

日本の美学が間違いなく私自身の美学に、創作の核心に、鑑賞者の関心を惹きつけるための遊び心として、私の芸術の細部に、影響を与えていることを認めます。

Instagram:@usami_suomi