Design&Art|フィンランドのアートと人を巡る旅 〈10.画家夫婦が描くヘルシンキの街並み〉
ヘルシンキ市立美術館(Helsinki Art Museum)で行われている、『Greta Hällfors-Sipilä & Sulho Sipilä展』に行ってきました。グレタ・ハルフォース・シピラとスルホ・シピラはヘルシンキの景色を描く画家夫妻としてフィンランドではとても有名です。
ふたりの生い立ちと出会い
スルホは1895年、フィンランド南西部の都市・トゥルクに近いオーランド諸島に生まれます。幼少期はバイオリン弾きが得意だったそう。彼の両親の希望でヘルシンキ大学にて神学を学びますが、すぐに中退してしまいます。その後、アテネウム美術館の前身である美術大学に通い、そこでグレタと出会います。海に囲まれたオーランド諸島で育った彼にとって海はとても大きな存在であり、卒業後は海軍の学校に通い、そのまま海軍として働きながら画家活動を続けました。
一方、グレタは1899年、ヘルシンキ生まれ。彼女もスルホ同様に小さな頃から音楽を好み、アコーディオンを演奏していました。彼女は13歳から絵日記を描き始め、自分の人生を言葉や絵で記録していました。16歳でスルホと同じ美術大学に通い、画家への道を歩んでいきます。グレタは大人になってからもピアノや歌を習い、家族や友人との間で演奏を楽しんでいたそう。また、社交を好み、カフェやパーティーによく行っていたようです。
今回訪れた展示会には、作品とともにピアノやバイオリンが置かれていました。リズミカルでカラフルなふたりの絵画。ふたりの作品と活動には音楽がとても重要な要素であったことが伝わってきます。
ふたりの絵画
初期のふたりの絵は、日本でも有名なマルク・シャガールなどに影響を受けたと言われています。グレタとスルホの作品を見ていると、どちらがどちらの作品かわからなくなることがあります。その最たる例として、「St John’s Church」という作品は当初スルホの作品と思われていましたが、2000年代になってグレタの作品とわかりました。それほどにお互いの影響を受けていたのでしょう。
展示会の図録を見ても、同じ表現で同じものを描いていたり、ふたりが一緒に絵を描いていたことが伺えます。
私がこの展示で一番印象に残っているのは、「Night」という作品です。夜の窓辺にぽつんと立つひとりの女性を描いた作品ですが、グレタ自身を描いているそう。スルホは海軍で働いており、家を留守にすることが多く、家でひとり彼を待つことが多かったグレタの姿がとても寂しげに描かれています。
またスルホへの手紙も展示されており、いかに彼女が寂しさを募らせていたかが綴られています。悲しいことにグレタは45歳に統合失調症を患い、約30年精神病院に入院します。その頃から絵を描く数は減っていってしまいます。作品の色使いや描き方に、どのような思いでこの景色を見ていたのかが滲み出ているようでした。
絵画のモデル散歩
グレタとスルホが描いた場所を晴れた日曜日に巡ってみました。彼らはヘルシンキのヴィースクルマ(Viiskulma)に長い期間住んでいました。教会や学校がある高級住宅街です。彼らの絵は、そこでの景色が多く描かれています。
実際に訪れてみて、彼らの絵のほとんどが建物の上層階から描かれていることに気付きました。1年の半分以上が10度以下なので外でスケッチするのは寒かったのでしょうか、自宅の窓からの景色を多く描いたとも言われています。
グレタとシルホの描いたヘルシンキを見ていると1910年代から街並みがあまり変わっていないことにも気付きました。トラムの色も。関東大震災や東京大空襲による被害を受け、大きく変わった東京の街並みとは大きく異なることを実感しました。
また、二人はヘルシンキにあるセントヨハネス教会も多く描いています。住んでいた場所からよく見える位置にあったのかもしれません。現在は残念ながら改修工事中でしたが、目の前に公園があり、犬を連れた人や子供が雪遊びをしていました。
夫婦でありアーティストであるふたりの展示を見て、友人のアーティストカップルが話していたことを思い出しました。アーティストはとても繊細だからお互いの作品に意見する時はとても言葉に気をつけていると。あまり批判をしすぎると落ち込んでしまうと。一緒に絵を描いていたグレタとシルホはお互いの作品についてどのように意見をしていたのでしょうか。絵画は感情や思いを言葉とは違うかたちで伝えてくれることがあります。作品を通じて、ふたりの関係性やそれぞれの思いが見えてくるような気がしました。
参考:Helsinki Art Museum(2021)
展示図録「GRERA HÄLLFORS-SIPILÄ AND SULHO SIPILÄ」
Instagram: @ma10ri12co
https://note.com/finlandryugakuki/