Design&Art|デザインを覗く 〈05.水との対話〉
日本でも世代を超えて長く愛されている、フィンランドのデザイン。アアルト大学でデザインを学び、現在は日本とフィンランドを繋ぐデザイン活動を行っている、lumikka(ルミッカ)のおふたりが、フィンランドデザインをつくる様々な要素を探り、その魅力を紐解きます。
“ When You See Your Reflection in Water, Do You Recognize the Water in You?”
「水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」
とても詩的なこちらの言葉。ポーラ美術館で開催されている、現代アーティストのロニ・ホーンによる展示のタイトルです。ロニ・ホーンはアイスランドの大地に魅了され、そこでの体験が作品のインスピレーションとなっていると言いますが、中でも水への関心がとりわけ強く、その透明性や不明瞭さは作品にも色濃く表出しています。
雨は川を流れて海へゆき、雪は大地に積もって山のかたちを露にします。雲は空をたゆたい、そしてまた大地に雨雪を降らせます。そうやって地球上をぐるぐると循環している水。
フィンランドの水辺の風景は過去のコラム〈01.線とリズム〉や〈02.大地の音色〉でもご紹介してきましたが、もっと高い解像度で「水」そのものと向かい合うこと、考えてみることもできるはずです。今回は、ロニ・ホーンによる水にまつわる言葉を手がかりに、フィンランドの風景に潜む水の魅力を覗いてみます。
自然を観察することは、フィンランド生活の日常でした。
それは自然が近くにあったから。というより、人工物が少なかったからかもしれません。東京のようなたくさんのエンターテイメントに囲まれた街にいると、それで満ち足りてしまうことがよくあります。雰囲気の異なるカフェやレストラン、そのほかにも娯楽施設があちこちにあり、時間の使い方の選択肢が無数にあるためです。
けれどフィンランドの場合は、東京ほどの娯楽が街にあるわけではなく、ふとした時に歩いて行ける場所が近くの海辺だったり、森の散歩道だったりするのです。だから、水を眺めることはなるべくして日常の一部となり、そして常に移り変わる水面の風景は、心に静寂をもたらしてくれるのでした。
時間が違えば、色も動きも異なるのが水のおもしろいところ、飽きないところでもあります。同じ場所で観察を続けることで、そういった水の繊細な表情の移り変わりに気がつくことができるようになりました。
昼間の水面は上空からの光を目一杯に受けながらゆらめき、対して夕暮れ時には斜めの光が波を赤く染め上げます。また、月との距離で潮位や波の大きさ・リズムまでもが大きく変化します。
透明なイメージがある水も、状態が変われば目に映る色も異なります。雪の表面は光が乱反射して真っ白に。しかし、窪みの部分では少しの光が透過して青っぽい色が感じられます。海が青いのと基本的には同じ原理で、波長の短い青色が水の分子に吸収されにくいためです。
スキー場では雪が青い空に向かって高く舞い散り、白から青への繊細なグラデーションは空気の動きを可視化します。
寒い日の朝には窓に結晶が見られることも。まるで生物かのような不思議な模様をしていますが、全てが自然の摂理に基づくものです。人間には見えていない美しい世界が、自然界にはまだまだたくさんあるのだろうと想像が膨らみます。
そして、地表の水はまた雲となり、
雨となって、帰ってくるのです。
フィンランドの森で聞く、雨の音がとても好きでした。森の奥にはエストニアまで続くバルト海が広がっていて、聞こえてくるのは水の滴と木々の葉っぱがぶつかる音だけ。都会のコンクリートに降り注ぐ雨の音とは少し違い、サーーーという、濁りのない水のささやきのようでした。
“ When You See Your Reflection in Water, Do You Recognize the Water in You? ”
アイスランドを出発し、アメリカ人の精神を経由してはるばる日本に辿り着いたこの言葉。それは、決して偶然のことではないようにも思えます。
“ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。”
鎌倉初期につくられた、鴨長明による方丈記の冒頭文。これはロニ・ホーンの問いかけに対する返事ではないかと思うのです。水と、水と対話する自分。そのどちらも根本にあるのは無常さです。これらの言葉を手がかりに、天気のように移り変わる心情とじっくり向かい合うのもいいかもしれません。
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