Design&Art|デザインを覗く 〈08.自然と空想〉
夕日は微笑み、雲は自由に空を散歩する ——。
私たちの生きるこの惑星には空があり、光があり、風があり、そして生命たちは絶えずうつろいでいます。時に、光は微笑むような表情をつくり、風は呼吸をするように行き交い、そして雲は散歩をするように空を流れています。
このように、自然物を含めた万物に生命が宿っていると考えることを「アニミズム(animism)」と言います。これは、人類学者のエドワード・B.タイラーが提唱したもので、元を辿ると霊魂を意味するラテン語のanimaに由来します。また、「アニメーション(animation)」の語源ともなる言葉です。
私たちの過去のコラム〈02. 大地の音色〉や〈05. 水との対話〉では、アニミズム的な視点からフィンランドの自然風景を捉えていますが、そもそも日本とフィンランドにおける自然観には深い共通性があるとも言われています。
今回のコラムでは、「自然と空想」というテーマで日本とフィンランドの関係性をさらに掘り下げてみると共に、アニミズム的な思想から生まれた美しいデザインを覗いてみます。
山の麓に神社があったり、雨を祝福する祭りが数百年と続いていたりと、日本において「自然に魂が宿る」という考えはとても馴染み深いものです。
このような日本古来からの思想の根本にあるのが『古事記』だとすると、フィンランド人の精神の源流にあるのは『カレワラ』だと言われています。名前をご存知の方も多いかと思いますが、カレワラとはフィンランドの伝説や伝承をまとめた民族叙事詩で、言語学者の小泉保さんは以下のように概括しています。
“白樺が嘆き、兎が語る。カレワラは躍動する精霊崇拝(アニミズム)の色眼鏡を通して描き出されたフィン人の呪的宇宙観である。”
小泉保, カレワラ神話と日本神話, NHK出版, 1999, p.40
アニミズム的な視点からフィンランドでの物語を描いたカレワラは、長らく隣国の統治下に置かれていたフィンランド人の民族意識を高め、独立運動を精神的に支えたとも言われています。その美しい自然観は画家や音楽をはじめとする後の世代の人々に影響を与え続け、今ではごく日常的な風景にもその思想の片鱗を見ることができます。
フィンランドのモダンデザインの発展に貢献したオイバ・トイッカ(Oiva Toikka)は、独自の自然観からフィンランドの動植物たちをガラスプロダクトの中に閉じ込めました。動物誌を意味するFaunaシリーズでは、anima / animationという言葉を体現するかのように生命感や躍動感、物語性が表現されています。
また、同じくフィンランドで活躍したデザイナーのタピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala)は、太陽や氷など自然物をモチーフとしたガラス作品を生み出しています。
オイバ・トイッカとタピオ・ヴィルカラ、この2人のデザイナーに共通しているのは、「目で見えているもの以上のもの」を見ようとする姿勢です。ガラスに描かれる絵柄は、必ずしも目で見た通りの姿かたちをしているわけではなく、自然物を取り巻く空気やそこから滲み出るオーラのようなものを捉えているように感じます。
対する日本では、寺社などの伝統空間にアニミズム的な思想が見られます。例えば、日本庭園では石や砂を何かに見立てたり、そこに仏や魂の存在を見出してきました。これは、フィンランドの自然観とも共通する部分があるのではないかと思います。
かつて思想や自然観は、宗教や政治などとも複雑に関係していましたが、現代ではそれぞれが独立して人々に理解されているようにも感じます。
例えばスタジオジブリのアニメーション作品では、火がひとりでに話し始めたり、木々が自我を持って動き出したりと、自然物が生き生きと描かれるシーンがたくさんありますよね。これも、アニミズムから生まれた現代的な表現のひとつだと思います。
豊かな空想への手がかりを与えてくれるアニミズムという概念は、日本とフィンランドの文化をつなぐ橋渡しとしての役割を確かに果たしており、今後もきっとそうあり続けるものでしょう。
目に映る姿かたちから、その背景に潜む見えない部分までも見ようとすること。内包される物語を空想してみること。私たちは、フィンランドデザインの根底にあるアニミズム的な思考や美しい自然観を広く伝えていきたいと思っています。私たちの写真や言葉が豊かな空想へと誘うひとつの「視点」となり、皆さんにお届けできていれば幸いです。
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