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Lifestyle|森と暮らしと手仕事と〈03.タイバルコスキの春支度〉

フィンランド東北地方の小さな村、タイバルコスキ。2015年に家族4人でこの村に移住してきたという、クーセラ麻衣実さん。大きな森とともに昔ながらのフィンランドの知恵で楽しく暮らす毎日は、現代の私達が忘れかけている大切なものを思い出させてくれるといいます。今回は、厳しい寒さが緩むとともに始まる春支度など、村ならではの春の風物詩を紹介していただきます。

4月に入り、今年もようやく冬を乗り越えた感の漂うタイバルコスキです。長い、寒くて暗い冬を耐え抜いたからこそ感じる春の幸せは、毎年のことながら楽園にいるような心持ちにさせてくれます。雪解けを待たずとも、村の人々は早速春の営みに取りかかります。ただ白夜を待つ限り、ひたすら長くなる日のもと、早朝から元気よくチェンソーの音が響き渡ります。皆、次の冬に向けて薪の準備を始めるのです。冬の間一面純白だった雪も、4月に入ると黒いものが覆います。

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これ、車塵ではないんですよ。冬の間、暖炉やサウナを暖めて出た灰を取って置き、太陽の光に温もりを感じるようになる春先、人々は庭先に撒き始めるのです。こうすると雪解けが早く進んで、庭仕事に取り掛かれる。今尚こうやって、自然の循環が生活の中に見られるこの地域です。

ちなみに写真中央の小さな屋根は、地下貯蔵庫の入口。この辺りでは、冷蔵庫がなかった時代の貯蔵庫がまだ各家庭の庭先に残っていて、今も使われています。主に家庭で栽培したジャガイモやニンジン、玉ネギが貯蔵され、冬を通して0℃前後に保たれています。

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「パイヴァー!(Päivää:フィンランド語でこんにちは、またはごめんくださいの意味)」、と元気よく玄関に入ってきたのはお隣のライヤさん。最後の一つだよ、と持ってきてくれたのは、昨秋収穫したかぼちゃの酢漬け。季節が春に変わると、皆せっせと、冬を越えた保存食の整理を始めるのです。

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こちらは私の野草保管棚。昨年の春から秋にかけて採集、保存した野草やベリーなどを見渡して、来たるシーズンの計画を練るのが春。発酵して乾燥させたラズベリーの葉は子どもたちの大好きなお茶。この時期で瓶の半分以下に減っているということは、この夏もう少し多めに収穫しよう、とか、白樺の葉はさほど減っていないので、残りはサウナで使ってしまおう、とか、いろいろ作戦を練るわけです。

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後日ライヤさんのお家にお邪魔すると、ペンキの刷毛を片手に寝室の壁のリフォーム真っ最中。家庭菜園用の苗づくりも始まっていました。一瞬で過ぎ去ってしまう夏に向けて、春は大切な準備期間。そして村の人々は、生活に関わるほとんどを、自分たちの手で成し遂げてしまうのです。

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さて、フィンランドでは間もなくヴァップ(Vappu)、メーデーの季節。5月1日には、ドーナツとシマ(Sima)と呼ばれるレモネードでお祝いするのが伝統です。タイバルコスキでは、ヘルシンキなどの大きな町のように仮装などをして街を練り歩く習慣はなく、村は普段以上に静か。それもそのはず、各家庭で揚げたてのドーナツを満腹になるまで頬張り、自家製レモネードはもとより、各自家呑みで酔っぱらうのが春の訪れを心から楽しむ術。

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「シマ」はスーパーでも簡単に手に入るのですが、材料は水、レモン、ブラウンシュガー、イースト、ととてもシンプルなため、家で作る人も多いです。写真は昨年の我が家のシマ。基本の材料に、前の夏に冷凍しておいたヤナギランという花を入れてみました。淡いピンク色に、日本の桜色を思い起こします。他にも、タンポポの花を使用するレシピもあるんですよ。

メーデーの後も6月まで雪の消えない東北の村ですが、今年もまたやって来てくれた春の光のもと、夏の準備に黙々と勤しむタイバルコスキの人々です。

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