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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈11.リー・エッセルストロム〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから北西へ370km。港町ヴァーサはフィンランドとスウェーデンを分けるボスニア湾に面し、スウェーデン語を母語とするスウェーデン系フィンランド人の文化の中心地として重要な役割を担っています。ヴァーサで人気の観光エリアの一つが、商家の夏の別荘地として建てられたマナーハウス「strömsö(ストロムソ)」。現在はフィンランドで人気のテレビ番組のロケーションとして活用され、番組のタイトルにも起用されています。

この番組の司会を長年務めるのが、手工芸作家のリー・エッセルストロムさん。ヴァーサと隣り合うムスタサーリに暮らしながら、自然と交わり、幼少期から培った創造性を活かした手工芸の技術をメディアを通じて発信し続けています。
 
今回は伝統的な価値観を磨きあげ、未来へ繋がる道を切り開く、クリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Lee Esselström(リー・エッセルストロム)/ 手工芸作家

リーさんはフィンランド南西部、ヴァーサ近郊で育ちました。物心がついた時から、自分の手を動かして創作することに熱中し、さまざまな手工芸教室に通っては基本的な技術を身につけ、ナイフや斧、ノコギリなど道具の扱いにも慣れ親しんでいました。

曽祖母のフルダさんは画家でもあり、熟練の洋裁師でもありました。9歳の誕生日にプレゼントしてもらったミシンは今も現役です。フルダさんからは裁縫を、祖母のマルギットさんからは編み物を教わりました。破れたり、穴が空いたりした洋服は、綺麗に繕うことで新たな魅力を発揮する。その楽しさに魅せられながら、創造性を支える根幹が育まれました。

芸術の分野に興味があったリーさんは、高校を卒業後、トゥルクにあるオーボ・アカデミー大学に進学しました。心理学と美術史を専攻し、哲学の修士号を取得。その後、手工芸の学びを社会に還元したいと考え、同じ大学のヴァーサにあるキャンパスに進学し、手工芸と織物の教員資格を得るための勉強を始めました。

「自分の手で、ひとつのものをはじめから終わりまで創造する体験は自尊心を高め、気持ちを落ち着かせてくれます。完成までにどれだけの時間を費やしたかを自分自身がわかっているので、ものを大切にする気持ちも芽生えます。手工芸を通じ、自分を信じること、生きる喜びを分かち合いたいと思いました。」

在学中にフィンランドの国営放送Yleとの協働プロジェクトに参加し、番組で取り上げたいハンドメイドの企画を3人の仲間たちと考案しました。たくさんのアイディアでノートは埋め尽くされ、このプロジェクトが、リーさんのキャリアをスタートさせることとなりました。Yleが2002年から放送を開始した「Strömsö」の番組制作の仕事を依頼されたのです。1年目は裏方として、その後は司会者として番組に参加し、20年以上が経ちました。

「Strömsö」では、料理や工芸、ガーデニングなど幅広いジャンルをテーマに取り上げ、自らの手を動かして創造する楽しさを発信しています。スウェーデン語(フィンランド語字幕)で配信される番組で、フィンランド全土で広く視聴されています。家事がうまく運ばない時には、”Ei menny niinku Strömsössä.”(Strömsöのようにはいかなかった)というフレーズが生まれるほど、番組は人々の生活に溶け込んでいます。


リーさんは現在、パートナーと4人の子どもたちとムスタサーリのエコヴィレッジで暮らしています。幼少の頃からペットを家族に迎えてきましたが、ここでも羊3頭、猫3匹、ウサギ1羽、鶏4羽を飼っています。

責任のある素材から、長く使えるものを自分の手で作り出したい。その思いこそが、リーさんの原動力です。羊から糸を紡いでセーターを編むため、最初の羊は5年ほど前に、期間限定でリーさんたちのもとにやってきました。夏が終わると元の飼い主の元へ帰されましたが、このときの縁で、屠殺されそうになっていた仔羊を引き取って育てることに決めました。羊と暮らすことは長年の憧れでした。

「小さい頃に度々引っ越しを経験しましたが、移り住んだ先々で、隣人が羊を育てていました。羊は優しくて、親しみやすく、人の感情に敏感です。また、ウールは世界最高の素材です。それ自体が暖かく、湿気を吸収し放湿します。燃えにくく、水をはじくので汚れにくい。あらゆる種類の工芸、衣服、インテリア、建築に適しています。」


古いものが大好きなリーさんは、昔ながらの伝統工芸や技術をとても大切にしています。昔の人々がそうであったように、自分で紡いだ糸を使って冬はジャケットやスカーフ、夏はサマーセーターを編み、一年中ウールを身につけています。単色で、シンプルなデザインは、さまざまなアイテムと組み合わせながら、長く着用することができます。ジーンズのように環境負荷が高いアイテムも身につけますが、その場合は使えなくなるまで、できるだけ長く同じものを履き続けます。

ひとりでも多くの人たちが、素材に、環境に、工芸に、心を配ってほしい。スキルを大切に育んでほしい。リーさんは、気負わずに実践してもらえるようなオリジナルのパターンをデザインし、積極的にそのアイディアを一般にシェアしています。先日公開されたばかりの “metsäpaita” は森がテーマです。森で過ごす時間はかけがえのないもので、インスピレーションの翼を広げてくれるのだと話します。

リーさんの創造性がひときわ輝くのは、アップサイクルの場面です。パートナーの家族から贈られた古いベビーカーの車輪をテーブルと組み合わせてみたり、使い古された空き瓶に古い燭台とチェスの駒をつなげて、DIYに使う毛糸やボタンなどを収納する小物入れにしてみたり。遠い昔に誰かの胸元を彩った真珠のネックレスは、室内でシャンデリアとしてきらめきを取り戻しました。いらなくなったものをただ寄せ集めるだけでなく、一つのクリエーションとしての価値を創造する。その出来栄えが、大勢の胸をときめかせます。

誰かがいらないと手放したものを、修理したり綺麗にしたりしてもう一度活用するリユースも得意です。フリーマーケットは宝物庫。使い古されたパール玉だって、石鹸でよく洗って少し手を加えると素敵な贈り物に様変わりします。
 
「何か必要なものがあるときには家の中を見渡し、古い家具や衣類などを活用できないかを確認します。」


リーさんは時代を超越したものに美学を持ちます。

「昔ながらの手工芸技術は大変興味深いです。伝統的な組紐技術で私たちにとって身近なリサイクル素材を編んで、新しい作品を生み出すこともできます。古いものを再利用し、新しいものを作ることが、未来へ繋がる唯一の道だと信じています。」

理想の暮らしを描く時。まずは、自分が持っている絵の具の色を自覚することからはじめませんか。新しいものをわざわざ買い足さなくても、パレットの上で必要な色は作れるかもしれませんね。絵筆を濡らし、水の量を加減しながら、少しずつ色を重ねていく。濃淡が入り混じった景色には奥行きが生まれ、ありのままの暮らしをいっそう愛おしく感じられるようになるのかもしれません。

\ リーさんにもっと聞きたい!/

Q. インスピレーションはどこから?
毎日森に行き、自然から多くの着想を得ます。家族からもアイディアをもらいます。クリエーションでもっとも重視するのは「色」です。ビビットなカラーより、自然な色合いが好きです。どのように色を組み合わせるかについては、自然のなかでひらめくことが多いです。

Q. リーさんにとっての温故知新とは
自然界に存在する天然素材が秘める能力には驚かされるものがあります。その価値を昔の人たちは十分に理解していたのだと思います。大切に、敬意をもって取り扱われてきた昔ながらの伝統工芸やその技術が現代にも受け継がれていること、息づいていることに感謝しています。

既製服がなく、自分で洋服を仕立てるのが当たり前だった時代、フィンランドの田舎では、家族分の衣服を調達するのに足るだけの羊を飼育していました。そうした暮らしに憧れます。昔と今の暮らしを比べると、1日の時間の流れや自然との向き合い方に大きな違いがあります。130年前だったら、私は今よりもっと長い時間を家の中で過ごしたことでしょう。生まれてくる時代を間違えたかなと思うこともあります。自然との繋がりや、古き良き時代の価値観を現代に取り戻したいと思います。

Q. 羊の魅力を教えてください
世界には2000を超える品種の羊がいるといわれます。ウールには品種ごとに相性が良い製品があり、自然素材として個性的です。

私にとっては、羊は大切な友達です。彼らは繊細で、それでいて人情の機微に触れ、ことばを交わさずとも常に隣で寄り添い、癒してくれます。一緒に過ごすと、自然に笑みがこぼれます。「友達」のおかげで、私は夢を叶えることができました。年に2回、春先と8月に羊の毛刈りを行い、それらを紡ぎ、時には染めて、生活するのに必要な分だけの衣類を作っています。

Instagram:@usami_suomi