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#Day5 消費されるものは創りたくない

ネトフリの愛の不時着を見てないと言ったら至るところで非国民扱いされてる野口一馬です #俺日本人なんだけど。(あ、政治的意味は全くないよ)

実は最近、高校の同級生から「映画を一緒につくらない?」と誘われて二つ返事でOKしました。
元々も映像表現には興味があったし、届けたいメッセージや問いを限りなく多い変数で設計しなければならないというハードルの高さ故に解像度を高められる映画という媒体でいつか作ってみたいと思っていたのでちょうどよかったんです。

それがきっかけで、どんなコンテンツやモノ、サービスを作りたいかなあと考えることが増えたのですが、
「消費されるコンテンツはやっぱり創りたくないな」っていうことです。

まあおそらく多くのクリエイターがそう言った思いで、作っているとは思うのですが、
クリエイターとしても、事業者としても、消費されるものは創りたくないと思っています。


では、消費されるものとは何か。

その時、その瞬間の快楽や欲求のためだけに使われるもののことです。

流行っているから、欲求を満たしたいから、そんな動機で消費されるものは創りたくないです。

もちろんそういったコンテンツも大事だと思います。いわゆるバズコンテンツってやつですね。ただ僕が作る側には回りたくないってだけでそう言ったコンテンツを否定してるわけではありません。消費者側として僕もお世話になってることもあります。

広く浅く消費されるのではなく、狭く深く残る
大ヒットしなくても、人間の根源的な魂のこもった、そのコンテンツを味わった人の心の奥底にずっと潜むような、そんなコンテンツを創っていきたいなと思います。


例えば、僕は3年前「無人島万博」という無人島を貸し切って一泊二日の100人規模のアートイベントを開催しました。
このイベントで創ったのは無人島で遊ぶコンテンツやエモい空間だけではありませんでした。そこのイベントを通じて、参加者同士の絆や、夢や、自己表現する楽しさという価値観を創ったのです。
今でもちょくちょく、無人島万博のお陰で人生変わったと言ってもらえる声や、無人島万博の参加者同士でプロジェクトが始まったりと言った声が届きます。#カップルも生まれたとか
これらは消費されません。大変嬉しいですね。

ロケットの開発団体にて、ロケットを作っていたとき、ロケットではなく、宇宙への夢を創りたくて入ってました。これも消費されません。(ただ学生が作るロケットは限界があることを知ってこれはすぐに辞めました)

逆にあるマーケティングの会社でインターンしていたとき、比較サイトを作っていました。会社の人はとてもいい人でとてもいい環境でした。ですが、その比較サイトは利用者にとって便利なものであったかもしれませんが、心には残りません。広く浅い便益を提供していたのです。
もちろんこれが悪いわけではありません。素敵な事業です。

ただ僕はワクワクはしませんでした。消費されていくだけのコンテンツを生成しては、消費され、常に改善を続けながら消費者の心を満たしていく作業に疲れていました。

その人の心に残るものを創りたい、それはどうやら僕の心にずっとあったもののようです。


彼女にプレゼントをあげる時も、アクセサリーとかはあげたことありません。消費されるからです。心に残らないからです。
仮に何かモノをあげる時でも、そのモノが無くなったとしても、何か特別な想いは残るようなモノをプレゼントするようにしています。
#彼女いないのにカッコつけんな


今僕はCBD事業をしていますが、僕はCBDを売っているわけではありません。CBDを通して、お客さんの精神変容を促しています。自分の心身と向き合い、精神的に豊かな生活を大切にするという価値観を届けるには、CBDが最適解だと判断しただけです。
そしてCBDという新しい産業が生まれることで、いろんなストーリーが生まれます。それを僕は創っているつもりです。


消費されてしまうかどうかは結果論でしかありません。
でも自分が作ったコンテンツっていわば自分の分身じゃないですか。

もし僕が死んでも、そのコンテンツが誰かの心で生きていれば、なんか嬉しいじゃないですか。

そんな素晴らしいアーティストでもクリエイターでもないけれど、
僕の手から生まれるあらゆるものは、消費されないように、魂込めて、人間の根源的な細胞レベルで染み付いてしまうようなモノを創っていきたいなと思ってます。

この文章は僕に向けて書いているので、僕の心に残り続けるでしょう。僕に消費されなければ、この文章は正解です

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