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ぼくはタイムトラベラー。


先週の5月25日(土)・26日(日)の2日間、岡山市北区北長瀬駅付近にある「ブランチ北長瀬」にてイベントが開催された。




年間を通して何回か開催される催しものだが、主催の方から毎度お声がけをいただき、出店させてもらっている。こうしたイベントは、商品を通してどんなお店なのかをわかりやすく人に伝えることができる。出店者側からすると、まことに嬉しい限りである。北長瀬駅から降りて徒歩3分程度に位置するエリアのため、イベントの事を知らなくても人通りは常に多い。しかも土日開催のため、ジョギングや犬の散歩をする人たちも多い。

通りすがら見る古道具たちに、懐かしい感覚が呼び起こされ、つい立ち止まってしまう。懐かしさのあまりお皿や可愛らしいレースを購入してしまったりすることもあったりなかったり。

「そういえば、昔ばぁーちゃん家にこんなのあったなー」「これ給食のとき使ってたやつじゃん!二人でこう両端持ってさ〜…」なんて家族で来ていた両親の会話が聞こえてきたり、それをを子供に教えている光景をよくみた。子供は興味なさそうに「へぇ〜」と言ったり、「これ今も使ってるよ!」とこれって売ってるもんなんだ…と学校で当たり前に使っているから、買うなんて想像したことなかったと感動している様子もみえた。

古道具は、十人十色の価値がある。この瞬間もまた古道具は誰かから誰かに綴られていくのだろう。

僕も初めて古道具というジャンルに触れたときは同じようなこと言っていたな、なんて思いながらも今では「商品」として当たり前に古道具に触れている。こうしたイベントは無くしてはいけないあの頃の感覚や体験を思い出させてくれるいい機会なのかもしれない。しみじみとそう思った。



この二日間はとても暑い日で、気温も27度前後を記録した夏らしい日だった。気分は浴衣を着て縁日に友達と遊びに来たような気分。そんな中、僕は溜めにためた疲れとこの暑さに完全にやられてしまい、軽い熱中症になった…。僕だけ悲惨な二日間だったのだが、それでも楽しい、美味しい記憶だけは頭の中に思い出として残すことができた。

特に思い出になった事といえば、僕たちのブースでは「ビー玉詰め放題100円」という誰が聞いてもなんとなくそそられてしまうコーナーを設け、ザルにてんこ盛りの幾色にも輝くビー玉を用意した。「プチ袋に目一杯、溢れなければOK」この曖昧なルールだけつくったのだが、”詰め放題100円”のパワーワードは子供も大人も本気にさせてしまうワードだったらしく、只ひたすら真剣な眼差しでビー玉と向き合う「Marble scooper」たちは知恵を働かせ、あらゆる方法でビー玉をすくい続けた。

僕はレジからその光景を楽しく見ていた。そのビー玉が記憶の中で輝いてくれることをそっと願った。ちなみに小さなポリ袋をすぐに「広げる」作戦にでたあの人が一番最強のすくい方だったと思う。面白いもので、すくい方で性格がでてしまう。「広げる」という方法だったり、ポリ袋に隙間なくきっちり詰めていたり、半分でやめてしまう子もいた。

「ビー玉詰め放題100円」。
違うイベントでも試してみたい。



あとはずっと気になっていた「ココカ古書店」さん
https://www.instagram.com/kokokakosyo_uno/)
玉野市にある古書店で僕はインスタグラム上でしか様子をみたことがなかったのでどんな感じなんだろうとワクワクしていた。イベント形式とはいえレイアウトは参考になったし、いま計画中の古本イベントもある。いつかキミドリにもお呼びしてみたい。

ちなみに町田康さんの「きれぎれ」を購入した。


今回のブランチ北長瀬の出店者は例年に比べると少ないのかなという印象だったが、いつもとは違い県外からの出店もあった。二日目のお隣さんのブースは昭和レトロおもちゃ一択の店舗さんで、老若男女の心を鷲掴みしていた。子供心くすぐられる気になるおもちゃがたくさん並んでいたのだが、そういえば挨拶だけしか交わしてないや。またどこかで一緒になる機会があれば、一緒におもちゃで遊びながら色々話してみよう。


それで、イベントにおいての僕の極めつけは、「きゅうりの一本漬け 300円」。先に述べた通り僕は絶不調の二日間だったのだ、同じ現場にいたスタッフが僕のために(たぶんネタ要素の割合が多いけど)「きゅうりの一本漬け」を買ってきてくれた。おそらく今年一番最高な食べ物になりそうな勢いかもしれない。僕がリポビタンDを飲み干していたところに不意にやってきた、みずみずしく輝きを放つプリっとした姿は妙に美しかった(この時すでに意識は若干朦朧としていた)。

なりふり構わず僕は「それ」にかぶりつく。「シャキシャキ、ボリボリ」
この上なく幸せな気持ちで心もお腹も満たされた。「栄養ないですよ?」なんて言葉は聞き入れず「栄養は思い込みで摂れるものなんですよ」なんて訳のわからない精神論を言っていたのだが、いまこうして会話を思い返してみても改めて僕は可笑しなやつだなと思う。しかしこの時は、食に抗うように夢中になっていたはずだ。そしてこの時以上に抗う瞬間なんてこないような気もする。


暑い暑い日差しの中、
古道具に身を寄せ、
子供が「ビー玉だ!」とガラスと同じくらい目をキラキラさせている、

「カラン、カラン」と鳴る下駄の音、

麦わら帽子を選ぶ姿、

じわりと汗を流しながら1ページずつ捲られていく古書、

黒いハットに蝶ネクタイをしたぽんぽん菓子を売るおじさん

(?)

木漏れ日に隠れてきゅうりを食らう、僕。

なんだか生きたことがない時代に、いま、居るような、気がする。

もしかしてこれはっ!….タイムトラベル….

僕はたぶん、37.5度と38度くらいを行ったり来たりしていたのだろう。






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