見出し画像

短編「職人気質」

〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜

入社して2年目
工業の業界で働き出して間もない頃のこと。

当時は腕一本で頑固一徹に働いてきた
戦前生まれの職人さんが多かった。

職場の課長は当時30代後半のいわゆる
団塊の世代であり
それよりもさらに上の世代となる熟練工の方は
既に50歳を過ぎており
歴戦を潜り抜けてチェスのポーンが
プロモーションしたような
《昇格:将棋の歩兵から"と金"に成駒》
職人気質の誇り高き人間を扱うには
よほど難しさがあったに相違ない。




「親父さん!
次の仕事からは
"シミュレーション・ソフトを使え。"
って通達が来ましたよ。」

「何や?そりゃ」
親父さんは戦前生まれの横文字大嫌い人間だ。

黒縁の老眼鏡を手に取り、
顧客からの書面を眺めていた。

「シュミ. . . ソフトクリームって?
さっぱり"わや"《関西人の方言で"駄目"の意味》やで〜。」

「親父さん。
シミュレーションってのは"
予測するってことや。
つまり、コンピューターがこの素材の動きを
複雑な計算で最適な形状を導きだすんや。」

「そら、ええなぁ。
大学出のボンボンが描いてくる図面通りでは
いつも上手く行かないからな。
ホンマ頼むでえ〜。」






「シュミレーションの形状では、
このプレス加工は上手く作れん。
どういうことや?」
と親父さんが問いかける。
その眼差しの眼光は鋭い。

課長は言葉を選びながら
「シミュレーションってのは、
予測はするんですけど、
自由度が高すぎるが故に、
設計者の経験値が低いと
実際の結果には辿り着くことは出来ません。
結果をフィードバックして
下さると助かります。」

「なんや?横文字ばっかり言うて . . . 。」

親父さんはぶつくさ言いながら
旋盤を器用に使いこなし
金型の修正を施し、プレス機の試打をする。

すると、見事に製品形状が作られた。

「ほぇ〜っ!さすが親父さん
ええ腕してますね!」

「阿呆っ!ワイは何年
この道で生きてると思てるねん。
まぁ〜ワイのようなベランダ《多分、ベテラン》
には造作もないことや。」

「このフィードバックが大切らしいです!
技術の若い連中に伝えておきます。」

「あゝ分からんことがあったら
いつでも聴いてきたらエエで。
君たちとは技術のラベル《多分、レベル》が
違うさけな . . . 。」






横文字に慣れないながらも
親父さんは悪戦苦闘しながら
シミュレーション・ソフトのフィードバックを
果たしてくれていた。

数日後__
「今回の形状を検証してみぃ。
そこのアレルギー《多分、エネルギー:起動》
のボタン押してみなはれ。」

「ああっ!イケてますやん!
どないしやはったん?」

「それは企業秘密や . . . 。
いずれ、お前にだけ教えたる。
これで今回の案件はチェックメイトや!」

親父さんは覚えたての横文字言葉を言って
煙草を美味しそうに吸いながら
茶目っ気たっぷりに微笑んでいた。

京都ものづくりフェアにて

機械加工によるチェス盤
装飾には輪島塗が施されている。


〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜°〜

沢山の方たちに読んで頂きありがとうございます。


この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,034件

#ほろ酔い文学

6,034件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?