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マクドナルド労働運動物語

 ビックマック指数という経済力を図る指数があります。ビックマックの値段は現地でいくらか比較することでいわゆる「庶民」の経済力はどれくらいか測定するわけです。実際ビックマックの場合はそれを単品で食べることも少なく、セットで購入することが普通であり必ずしも正しい経済力を測定することはできないのですが、それだけビックマック、マクドナルドが世界中に出店し、親しまれている証拠ですね。
 私はマクドナルドどころか近所に小売店すらない小さな町で産まれたのでハンバーガーチェーンに行ったときは感激でした。これは一応平成の話なんですが。店員さんの無駄のないオペレーションは「都会で働く人はこんなにテキパキしているんだ!」と思い出しています。
 あれは大変な技術です。チェーン店でマニュアル化しているとはいえ昼食時などの忙しさは想像を絶するものがあります。そうした労働者の奉公ぶりに対して使用者が値切ってきた場合は、その使用者が世界に冠するグローバル企業としたら・・。

闇の「偽装管理職」

 管理職になれば自分の権限で自由な裁量、決裁権限を持つようになります。労働時間に関しても短くしても、長くしても給料は固定で残業代は出ません。管理職はめったに残業することもなく、また残業代にあたるほど高額な月給を手にする(その代わり部下の冠婚葬祭などで色々と持ち出しが多く、やりくりは大変なのですが)ので問題はないように見えますが、残業代を払わないでいいという事を逆手にとって管理職の立場におき、実際は管理権限が一切ない使い捨て労働が中小企業を中心に横行していました。そしてそれは世界に冠するマクドナルドでも行われていました。
 2008年1月世間が注目する裁判が判決が出ました。「マクドナルドの店長は管理職に当たらないので残業代を受け取るべき」というものです。おりしも100円マック、深夜でも営業などマクドナルドの攻勢が続いていた時に起きた裁判です。マクドナルドの店長は管理職なのかそれとも労働者なのか争われた裁判で裁判所は労働者と判断しました。3つの事由があり一つ目は経営に参画しているかどうかです。店舗の店長はシフトの決定や採用権限は与えられていても企業全体の重要な決定権を与えられているとは思えず、管理職ではないと判断されました。当時マクドナルドの店長は1700名いました。第二の理由は労働時間の裁量です。マクドナルドの店長は残業100時間を超える人もざらでした。アルバイトに頼る運営から当然ハプニングも多く唯一の正社員が店長しかいない場合は消えた穴を埋めるのは店長しかできません。本部も手伝ってくれません。最後の理由は年収でした。店長の平均年収は700万円ほどでした。管理職にしては、そこらの中小企業の部長ですら800万円以上貰っていることがあるので他の企業に比べれば少なめですが高収入ではあります。が、これは店によってバラツキがあり低い人は570円ほどで店長の部下にあたる店舗のマネージャー職より年収が劣るケースもあったそうです。

JAMマクドナルドユニオン結成

 こうした有様だけではなく、あまりに急進的なグローバル企業の割には経営陣のワンマンに見える経営は日本労働組合総連合会が主導した労組結成の機運が高まります。2006年、非正規雇用対策に頭を悩ましていた連合が「日本マクドナルドユニオン」結成を発表しました。後に機械金属製造業労組で中小企業の労組結成に実績があった産業別労働組合JAM傘下になります。マクドナルドユニオンが経営陣に出した要求には(1) 適時、営業方針などを組合に説明する労使協議会を設置すること (2) 店長の長時間労働の実態を調査し、店長職にある者に時間外・深夜・休日労働手当を支給すること (3) クルーの有給休暇の取得向上のため組合と協議することといった至極まっとうな「日本型」労使関係においては普通の訴えでした。マクドナルドは組合潰しを徹底的に行うタイプの経営陣ではありましたが、労使交渉は一切行わず粛々と自分たちのやり方を進めるタイプでした。2014年にはある社員に「退職条件通知書兼退職通知書」なる書類が送られます。退職予定日と退職金が書かれたその通知書を送られた社員は労働組合に相談しました。経営側は「社員のキャリア支援をバックアップするためのもので退職強要ではない」と言い張りました。あまりにチグハグな言い分です。社員のキャリアアップを応援するために退職してくれという日本語は正しいのでしょうか?私は経営陣ではないので分かりません。この頃マクドナルドは赤字や不祥事に苦しんでいたころで、定期的に幹部だけではなく現役社員にも首切りが横行していたそうです。不祥事も労使関係が正常ではなく、「外資系なら急に解雇されても問題ない」という態度が遠因ではなかったのではないでしょうか?そうした労に甘えた使用者側のおごり高ぶりが当時のマクドナルドの呪縛となっていました。

世界で広がるマクドナルド労働運動

 2012年アメリカでは「時給15ドル運動」が全米サービス従業員労組を中心に運動方針が決定し実際にそれを達成しましたが、世界のマクドナルド従業員の運動はこの時代に急速に高まりました。2015年には世界中のマクドナルド従業員と労働問題に詳しい政治家たちがブラジルに集結し上院にてその過酷な労働実態を証言しました。実際に賃上げに成功したら、労働時間を減らされ所得は変わらなかったという呆れた経営をやってのけ、むしろ労働運動を盛り上げました。グローバル企業ありがちの脱税も当然ありとあらゆる手段を使って行っており、むしろ国家権力すら袖にするマクドナルド経営陣に保守的な層も労働運動に理解を示しました。この時代はまだAmazonやGoogleの問題が浮き彫りになる前で国際労働運動最大の焦点はマクドナルド闘争だったわけです。
 こうした一連のマクドナルド労働運動は日本を含めて、もう20年近い歴史があります。その間マクドナルドの労使関係は大きく変わってもいませんが他に酷いグローバル企業があるので、そちらにリソースが割かれてしまい報道も少なくなりました。「私たちは環境問題を考えています!」という企業姿勢は環境問題で話を大きくすることで労働問題はおざなりにするグリーンウォッシングという手法もマクドナルドは大体的に使います。
 2010年代後半には世界各地で同時多発的な従業員によるマクドナルドストライキが定期的に行われました。その当時はCEOが社則に反して部下と恋愛関係になって解雇されるという安いドラマみたいなことも起こりましたが、こうしたグローバルな労働運動の成功例はマクドナルド闘争が初めてでした。日本のマクドナルドユニオンは定期的にHPを更新。17年経ても一過性に終わらず粘り強く運動を続けています。労働運動は流行ではなく何度でも立ち上がることで大きな力を生み出します。私は安易な不買運動は賛同しません。それが従業員の職場を奪うことになれば本末転倒だからです。もし従業員が立ちあがったら、それを支援することで従業員の運動を守り労使交渉を有意義なものにすることができます。労働者の勝利に終わったら是非食べて応援しましょう。マクドナルドで働く従業員はマクドナルドをもっといい職場にしたくて立ち上がったのですから、失くさないためにも地域による連携と連帯が不可欠なのです。



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