Q四企画

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このアカウントでは、プロ野球界を書いた土尾GMシリーズを連載しています。こちらで架空の日記、体験記を投稿しています➡️https://note.com/koujijyokakuu

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連載小説 魔女の囁き:3

 結果は意外に早くでた。岩瀬の忠告を蹴って一ヶ月も経たないうちに、河合の打撃は絶不調に陥った。  対戦相手の投手たちも、ただ河合に打たれていたわけではなかった。ある球団に優秀なスコアラーがいた。その球団との三連戦で、河合は相手投手に岩瀬から指摘された欠点をとことん突かれた。見ていて明らかに、欠点を見抜かれた上での投球であり、配球だった。  その三連戦で、河合はまったく打てなかった。それだけであればまだよかった。ほかのチームも河合の欠点に気づき、以降対戦する全球団の投手に、徹底

    • 連載小説 魔女の囁き:2

       二日後、関係者全員がGM室に集まった。先日岩瀬からあがってきた報告書を受けての対応だった。対象の選手の河合には監督と打撃コーチが同行していた。監督とコーチはユニフォームを着ていて、河合は練習着姿だった。こちらは岩瀬と私のふたりで、計五人でのミーティングになる。  監督と打撃コーチは、若干表情が硬かった。当事者の河合は涼しい顔でGM室に入ってきた。いまここにいる五人のなかで、河合がいちばんリラックスしているように見えた。 「で、なんなんですか、きょうは。おれもGM賞でももらえ

      • 連載小説 魔女の囁き:1

         思わず、おっ、といいたくなるような内容の報告書だった。そういった報告書が今月に入ってからいくつかあった。すべて、同じひとりの幹部からあがってきたものだった。  今回私が着目した報告書には、ある自軍の選手の分析が詳細にまとめられていた。今季レギュラーポジションをとった、いま絶好調の二十二歳の野手だ。シーズンがはじまってここまで打ちまくっている。報告書には好調を裏づけるさまざまな指標の数字が並んでいた。その数字に対する個人的な見解のコメントもあった。そこまではふつうの報告書だっ

        • 連載小説 魔女の囁き:プロローグ

           昔のことをすこし想いだした。  私がある球団でスカウト部長をしていたころのことだ。  ある日、当時所属していた球団の代表がめんどうを見てやってくれとひとりの球団職員を連れてきた。現場の広報担当として入ってきた新人だったが、気が強くて周りと揉めごとばかり起こして配置転換されてきたのだ。  当時彼女はまだ二十代の前半で、日本のアマチュアの女子野球を早期に引退して、プロ野球の裏方の世界に入ってきた。彼女の口癖は、いつかプロ野球球団のオーナーになる、だった。  彼女は十代の

        連載小説 魔女の囁き:3

          連載小説 hGH:11 

           マジック一で迎えたホームのナイトゲームの当日、私は選手たちよりも早い午前中に球場入りした。きのうの夜にテキストメッセージを送った柴田はすでに一塁側のダグアウトで待っていた。グラウンドに選手やコーチの姿はまだない。グラウンド整備の職員が数名いるだけで、球場はがらんとしていつもより広く感じられた。  「どうしたんですか、GM。こんな早い時間から話があるとは。しかもきょうこれから優勝が決まるかもしれない球場で」  私が歩みよると、柴田はいった。 「キャッチボールの相手をしてくれな

          連載小説 hGH:11 

          連載小説 hGH:10 

           ペナントレースの優勝マジックが一になった。  私はきょうの自軍の試合をGM室の大型モニタで観戦していた。ビジターのナイトゲームで見事な逆転勝利をおさめた試合だった。今回の遠征は、スケジュールの都合上チームに帯同せず、地元に残って球団業務をこなしていた。遠征中のすべての試合に勝っても優勝は決まらない状況だったこともあり、むりにスケジュールを調整する必要はなかったのだ。  逆転勝利とはいえ、きょうの試合も勝つべくして勝ったという内容で、チームは変わらず好調を維持している。マジッ

          連載小説 hGH:10 

          連載小説 hGH:9

           ベンソンのほんとうの帰国理由がわかった。  委託企業に調査を依頼して二週間ほどで報告が入った。調査員が直接球団事務所にやってきた。書面と口頭の両方で詳細に報告を受けた。  私はその調査結果にすくなからずショックを受けた。予想していたものとは内容がかなりちがっていたからだ。帰国と退団の原因はベンソンにはまったくなかった。すべて、ベンソンの妻にあったのだ。  ベンソン夫妻はもともと日本の文化にリスペクトを持っていた。だが、妻のほうにはリスペクト以上のものがあった。とくに、日本人

          連載小説 hGH:9

          連載小説 hGH:8

           ベンソンの帰国理由がわかった。  ベンソンの代理人から連絡が入ったのは翌日で、ベンソンの完全帰国と正式な退団の意向を聞かされた。球団としては本人と話したかったが、法を駆使した文言を盾に、直接ベンソンと連絡をとることを禁じられ、本件を深く追求することも禁じられた。年俸は、日割り計算で早急に振込むよう指示してきた。随所に米国の法をちらつかせての要求だった。どちらが被害を被っているのかわからない、ずいぶん一方的ないい分だと私は思った。  自国から遠く離れた、言葉も文化もまったくち

          連載小説 hGH:8

          連載小説 hGH:7

           ペナントレースの公式戦がはじまった。  チームは開幕から好調なスタートを切り、同一カード三連戦を二勝一敗のペースで順調に勝ち星を重ねていた。どの試合も投打の歯車がしっかりとかみ合った理想の戦い方をしていて、敗けた試合でも内容は悪くなかった。現在ペナントレースで首位を独走している。戦力的にもうちが頭ひとつ抜けた状態で、とくに攻守のバランスに秀でたチーム編成になっていると私は自軍の現状を分析していた。ここ数年見てきたなかでも、いまがいちばんいいチーム状態かもしれない。  今季は

          連載小説 hGH:7

          連載小説 hGH:6

           六億でも落とせなかった。  足もとを見られた。選手本人にではなかった。代理人と代理人の会社にだった。    結局、出来高をふくめて七億円で契約が成立した。むこうのいい値が通った形だった。契約は、「裏」にせざるを得なかった。  代理人は一時期日本に住んでいたこともあるという米国人だった。うちの戦力を詳細に分析していた。うちがベンソンを必要としていることをはっきりと認識されていた、ということだ。端から勝ち目のない交渉だったのだ。  ベンソンとの契約が合意するとすぐに、私は球団広

          連載小説 hGH:6

          連載小説 hGH:5

           柴田がGM室に進捗状況の報告にきた。先日獲得することで決めたふたりの選手との交渉の経緯についてだ。 「富樫のほうはもうほとんど決定です。関係者全員が合意しています。あとは、正式な書類のやりとりだけです」  富樫は、柴田がどうしても獲っておきたいといった三十六歳の野手だった。富樫の所属球団との話し合いで、一対一のトレードが成立する。こちらからだすのは、うちではあまり戦力として考えていなかった選手で、それを踏まえると、とくに悪いトレードではなかった。年俸も、あるていど抑えられた

          連載小説 hGH:5

          連載小説 hGH:4

           海野が現役を退いた。  海野は現役生活十八年の生えぬきで、ここ数年は代打の切り札と外野の四番手という位置づけにいた選手だった。今季は春さきに脇腹の肉離れで戦線を離脱した。一般生活に支障のでるほどの重症ではなかったが、プロ野球選手としては致命的だった。三十八歳という年齢的なものも大きかった。結局一線には復帰できないまま、シーズン終了と同時に引退を表明した。井本の電撃的な引退、監督就任の影にに隠れて、長年チームを支えてきた選手のひとりにしては、ずいぶんひっそりとした幕引きといえ

          連載小説 hGH:4

          連載小説 hGH:3

           怪我が治らないということで押し通した。今回の怪我と加齢と勤続疲労でもう肉体が限界だ、と。事前に球団として公式に声明をだした。会見の場でも、井本本人の口からそういわせた。  選手として引退を惜しまれ、青年スター監督の誕生に球界がわいた。それ以上に、世間がわいた。急な展開の人事を訝る空気も若干あった。それには注意深くアンテナを張った。数日ようすを見た。問題はないようだった。hGhやドーピングに関連する発言や文字は、どこにも引っかかってこなかった。  引退就任会見は、可もなく不可

          連載小説 hGH:3

          連載小説 hGH:2

           翌日、球場にきていた井本をGM室に呼んだ。球団事務所と球場は目と鼻のさきにある。詳細は伝えていない。柴田とふたりで迎えた。 「すまんな、井本君。復帰にむけて調整してるところを呼びだして」  私はいった。シーズン終了後も、井本は毎日球場にきてリハビリメニューをこなしていた。いまも練習着姿だった。明らかに用件を勘ちがいしている。来季の契約の下交渉とでも思っているのだろう。表情には、緊張も警戒もなかった。 「まあ、座ってくれ」  三人でソファについた。テーブルを挟んで井本とむき合

          連載小説 hGH:2

          連載小説 hGH:1

           井本は月に一度ヒト成長ホルモン薬を買っていた。ある国のアンチエイジングの診療所から。それが、うちと委託契約のある企業の裏の情報網に引っかかった。ヒト成長ホルモンは、スポーツ界では禁止薬物に指定されていて、それは日本球界でも同じだった。井本は数年前から買っていた。ふつうに考えれば、使っている期間もそれに符号するはずだった。  hGHーヒト成長ホルモンは、尿でのドーピング検査には引っかからない。井本は昨年、無作為に選ばれるNPBのドーピング検査の被験者に指名されていた。尿のみの

          連載小説 hGH:1

          連載小説 hGH:序

           一年以上寝かせている案件がある。  うちのチームの主力選手のひとりがドーピングに手を染めているようだ、というものだ。ヒト成長ホルモンという薬で、買っている確証はあるのだが、使っている証拠はつかめていない。  私が最初にその報告を受けたのは去年の六月だった。  野球のデータをふくめ、球団にかかわるさまざまな事象の調査を委託している会社からあがってきた。  選手の格、薬物の種類などから、われわれ球団側もうかつに手をだせないまま時間だけが経過してしまった。ゼネラルマネージ

          連載小説 hGH:序