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もっと遠くへ

5月のおわり

誕生日を迎えて37歳になった

周囲の大人たちからは30代なんかあっという間だよと幾度もうんざりするほど聞かされていたけれど、40歳が案外、遠い。30代がとてつもなく長く感じる。30歳になってすぐに病に伏して働けなくなり、2年間の入退院の末に観光業に足を踏み入れたり、その後は県を跨いでの引っ越しが何度か続いたりと人生色々ありすぎたせいかもしれない。

なんといっても今は九州すら遠く離れて島根の離島に暮らしている。
わからないものだと思う。

1年前のことも恥ずかしながら振り返ってみた。何を書いているのかよく分からないけれど、この頃も身体に沢山の言葉が溜まっていた気がする。

毎年この時期には旅にでる。

1年間を労うように、食べることも呑むことも我慢しない。いつもなら車で帰省する島根から福岡までの片道550kmを、あらゆる公共交通機関を駆使して移動する。他力の有り難みを感じずにはいられない13時のビールが3日間ほど続いた。


いくつか目指した目的地のうち、長崎県の五島列島に渡った。
滞在先はカラリトという福江島にできた新しい宿泊施設。わたしの活動拠点であるEntôと同じ離島という立地条件。海を目の前にした客室に通されてすぐに窓を開け、しばらくのあいだ、風の運ぶ海の匂いをベッドに寝転び纏ったあの時間がもう懐かしく思える。

少し前に海士町から同僚も泊まりに訪れていたことから、スタッフの皆さんとも早々にお話する機会を得てそのまま一緒にお酒を交わし、互いの施設のことやマネジメントの相談がはじまっていた。会ってまだ2時間程度のこと。

働くひとりひとりの本気が伝わる、あたたかい関係性が垣間見えるよう。

「ひととき」という表現に値する滞在だった。

教会のようなつくりのダイニング 朝食は海を見ながらゆっくり
ちょっとした空間が見ているだけで心地よかった
ゲストとカラリトで働くスタッフが焚き火で語らう夜 大潮で波の音が近い


1年前の今頃は、島から遠く離れたくて旅に出た。

この島で知り合った誰とも会わずに信州近郊で1ヶ月以上を過ごして、心身にエネルギーを蓄える旅だった。山奥で寝起きをしてアルプスの山々を見つめて昼までなにもしないような日々。料理もせず、文章も書かず、ただ漂う時間。あれはあれで必要なことだったように今は思う。

今回の旅は、とても前向きだった。
新しい歳を迎えて、自分にご褒美のつもりで九州に帰ることができたし、新しい場所へ行ってみようという気力も備わっていた。
どこへでも行ける気がしたし、実際にあちこち動き回っていた気がする。

福岡の街では無意識のうちに消費が加速したことに、五島列島へ渡ってから気付いた。友人と再会して話すだけでも公園で、とはならなかった。予定外も含めて外食三昧になり、この際だからと友人の誕生日プレゼントや夏服の類も両手にかかえて帰ってきてしまった。
福江島ではお金を使わなかったわけではないけれど、今これを書いているときでさえ島での買い物ひとつひとつに記憶が残る。

方言で語尾の聞き取れない老人の営む商店。
元気なIターンのお姉さんが売るナゲット。
商店街のはずれにある古本屋で買った哲学書。

海士町での感覚と近いな、と帰りのフェリーに揺られながら考えた。

大手ドラッグストアが3軒とコンビニがあり既に栄えている雰囲気ではあったものの、離島という環境の共通点は他者の顔が見えることなのかもしれない。


380円で購入した本は旅の後半ずっと傍らにいた


宿泊施設という括りで同業他社との関わりが濃い旅でもあったので、泊まった部屋のあれこれや接客の細かなところに気を配りすぎて、自分で想像していたよりも頭を使っていたのが少々悔やまれる。

遠くへ行けた気持ちだったけれど、正直もっと遠くに行きたい。

もっともっと遠くへ。

実は昔から訪れたいと心に決めているアイルランドへ暫く旅に出てみたい。旅路の途中で、少し前にイタリアの片田舎へ渡ったひとへ、この感覚だけでも…と片手間でメールを送ったりして今回のいろいろを振り返りはじめていた。


旅人を迎える自分自身も旅人でありたい。
迎えるばかりの日々だけでは、その感度が鈍くなってしまう気がして時々不安になってしまう。
意識して外に出ていくわたしと、そんなこと気にせずにどこかへ行ってしまいたいわたしが同居していて、生きることに一所懸命な自分に笑ってしまう。



この仕事がすきなんだと思う。


そんな気持ちに言葉をのせることを始めてみた。
自分のことばで、名前で仕事をする。今年の自分らしい新しい取り組みの1本目をここに置いていこう。


帰路につくと島は梅雨入りしていた。

レインボービーチではグランピング利用のゲストたちがBBQを囲んでいる最中だった。

島の景色がすこしずつ変わっていく。


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