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『二人のソクラテス』第1話

【あらすじ】星哉の両親が世界旅行に出ていった。彼は父の不動産屋を任されたが、できることがなく退屈を持て余していた。そこにかつて彼が想いを抱いていた同級生の少女・由夏がやって来て、星哉の家に泊まらせて欲しいと頼まれる。行くところがないという彼女は不動産屋で働くことに。そして、お盆に行われる死者が蘇るお祭り「お帰りな祭」を通して、由夏は街の住人たちの独特の死生観について知り――。秘密と不思議の青春物語。


      〜二人のソクラテス〜

 意外と願い事は叶うものだと実感した。


 嬉しさのあまりに思わず笑みが溢れる。


 辺りはすっかり薄暗く、見慣れた景観が時の経過を感じさせなかった。


 戸惑いこそ多少あったけれど、直ぐに私が置かれている今の状況を薄々と察する事が出来た。


 空気を読む、状況の飲み込みだけは自信があったから。


 恐らく私の願いは叶ったのだろう。きっと神様が私の願いを聞き入れてくれたに違いない。

 

 それでもこんな事が出来るなら、もっと早くに私の願い事を叶えてくれたら、私の人生は豊かに過ごせたのにって愚痴を溢したくなる。


 あれもすれば、これもやっていればと止めどなく湧いてくる後悔の一つ一つは、言っても大した事はなかった。


 花粉症を治したい。


 足の巻き爪を治したい。


 天然パーマを直して直毛にしたい。


 身長をあと十センチ伸ばしたい。


 一重を二重に変えたい。


 胸をもっと大きくしたい。


 もしかしたら、そんな些細な願い事が積もって、今回の願い事が叶ったんだろうと思えば、結果オーライってやつなのかも知れない。


 そう思う事にした。

 

 一円も百枚溜まれば、百円。千枚溜まれば千円。そんな小さな積み重ねが、いずれ大きなものに変わる。


 顔を叩いて気合いを入れた。


 戸惑いなんてなかった。


 沸き起こる狂喜に身震いさえ起きる。

 

 だって、本当に心から死に際に願った事が実現したのだから。


 まるで数秒前の出来事が、無かった事になっている。


 ただ、今私が置かれてる状況で分からないのは、この世界で流れている時間が私の知っている時間なのか、それとも私が関知しない時間なのか。


 それによって私の立ち位置が大きく変わる気がした。


 はっきりさせるには、目の前の建物に突っ込むしかない。


 あとは私の目で最終確認をするだけ。


 気合いを入れた矢先に想い焦がれていた人物が店先から姿を現した。


 一度は叶わずに失った想いが、再び繋がれたようだった。

 

 現実的には有り得ない現象を目の前にしたとしても、仮にこの世界が私が感知しない世界だったとしても、目の前に現れた人物が仮初めの人物だったとしても構わなかった。

 

 この想いが報われるなら、例え偽りの存在でも構わない。

 

 私が満たされれば、今はそれだけでいい。


 そんな意気揚々でも、目が合うと両足がすくんだ。


 時空を超えて時が流れ、ようやく辿り着いた再会に言葉も失う。


 想いが先走って冷静も欠いてきた。


 すると、直ぐに目の前からその男は消え去ってしまった。


 たった数メートル先にいたはずなのに。


 あれだけ願ったのに、いざ目の前に叶った想いが現れると声すらかける事が出来ないのかと自分を罵った。


 これ以上、私が失うものなんて何もないじゃないか。


 何を今更、怖じけついているんだ。


 もう一度、自分を鼓舞して大きく息を吸い込んで吐き出すと、今度は力強く大きな一歩を踏み出した。


 この一歩で全てが始まると願わずにはいられなかった。



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