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オススメ小説「白い体」著:火乃沢明冬【感想】

【オススメ小説】
タイトル:白い体
著者:火乃沢明冬
出版社:Amazon kindle

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あらすじ

 夫が不倫をしており自分に無関心であっても、とりあえずの夫婦関係を続ける主婦の「希未」。ある日、高級住宅街のガレージで大きな水槽を見つけて心を惹かれる。その持ち主は以前に自分を助けてくれた男の子「誠市」だった。誠市と出会い、心身が変化していく中で不安を抱く希未に対して「浮力もある空間」では問題ないと誠市は言う。

環境という重力

 妻に対して素気ない夫、自分のことばかり話す母、必要以上に気を遣う職場など希未を取り巻く環境はまるで重力のように纏わりつき、彼女へ干渉する。しかし、それらは希未個人への関心ではなく彼女の「妻」「娘」「女性事務員」など”役割”に対しての関心でしかない。

その関心は「かくあるべし」という押し付けに近く、その型枠から外れようものなら「こうしなさい、こうしたら?」と彼女の在り方を型枠に引き戻そうとする。そして彼女自身も「自己嫌悪」という穴に落ち続けている。


 希未も現在の環境にどこか諦めを抱いていて、自分自身への関心も少ないようにも感じる。それは淡々とした希未視点の語り口であったり、「希未」という名前が登場するのが物語中盤当たりで、しかも地の文ではなく相手の呼びかけによって始めて出てくる点に表れていると思う。

そんな希未と彼女を肯定する誠市との出会いは想像もしない方向へと進む。


重力そくばくを打ち消す浮力せいいちの存在

 作中で誠市がある会話で口にする

「重力だけじゃなく、浮力もある空間だと、そんなの問題にならないよ」

という言葉が、個人的に一番刺さった部分だった。「浮力”だけ”がある」ではなく「浮力”も”ある」空間なのだ、つまり重力が消失したわけではなく、重力があるなかで浮力があるという点が大事なのではないか

 ではこの「重力」と「浮力」とは何なのか、前述の希未に対する負の干渉が重力だとしたら浮力とはその不安を消す、或いは感じさせなくする何かなのだろう。希未との会話の中で誠市はかつて感じていた重力を自分なりの浮力をもって克服したようにも語る。果たして誠市のいう「浮力」と希未の見つけた「浮力」は同じものなのだろうか、正解はわからないが少なくとも両者は満足している様子。

 最後に彼女が手に入れた「浮力もある空間」も、実のところ自分で手に入れたものでは無く誠市から与えられたものなのだ。それはつまり他者からの干渉、「重力」に他ならない。いつの日か、その「重力」が手に入れた「浮力」に勝るときが来るとも限らない。その時は新しい「浮力/誠市」をもとめるのだろうか。

現実世界の重力

 社会で生活する限り多くの人は、人間関係、職場環境など自分にのしかかる様々な重力から逃れることは出来ない。地球の持つ重力と同じように、「関係」とはいかなるものであれ、何らかの重さを持ち人の行動や感情を束縛する。

それは正の感情でも負の感情でも同じだ、好意があれば簡単には見捨てられなかったり固執してしまい、逆に嫌悪があればその人に近づきたくなかったりしてしまう。一人で居たとしても、時間や金銭、健康といった様々な「消費」や「不安」などの重力に縛られる。

 その重力に対する浮力を得るためにスポーツやゲーム、買い物などをする人もいるし、そもそもの重力の発生源たる原因の解決を目指す人もいるだろう。しかし、何か行動をするということは新たな重力の発生を意味する。だからこそ、それを打ち消せるくらいの浮力を、そして「浮力もある空間」という心のシェルターを得るために、より良い環境を作ったり努力したり人はもがき行動する。

重力と浮力による心の満ち引きこそが人の人生であり、どちらか一方だけというのはあり得ない。強すぎる重力に塗りつぶされ死亡した場合や、死を選ぶことにより重力からの解放を自覚した場合でなら、その死の瞬間にどちらか一方だけを感じられるのかもしれない。


まとめ的な何か

 浮力を得て、重力を感じなくなっても何かが解決しているわけではない。もちろん解決できないことだって世の中にはたくさんある、そんな中で自分なりの浮力もある空間をもてる自分は幸せなほうなんだろうか?などと考えてしまう。

自分は本を読んだりゲームをしたり、なんだったら寝るだけでもストレスが発散できる。解決できないことに対してもある程度妥協して受け入れることも出来ている(愚痴はこぼすけど)。

あなたは重力に折り合いをつけれていますか?なにか浮力を得る方法はありますか?

いろいろ書きましたが、上記の感想はあくまで私個人の意見なので、「全然そんなこと書いてないよ」となるかもしれません。

今現在、電子書籍限定の一時間くらいで読める短編です。ちょっとした空き時間でも読み終われるので忙しい人にもおすすめの一冊です。


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