草むらに飛び散った火の玉を写真に収める。仲の良い同級生と麦わら帽子に白いワンピース、手首の小さな時計とビーズのついた髪留め、最後にピースを目に翳せば、ほら、女の子らしい写真の完成だ。SNSのアプリを起動させ、 #夏の定番 とタイプして、みずみずしい写真を投稿する。仲の良い女子たちが囲んで線香花火を楽しんでいるような。こんな具合で瞬く間に二、三件のハートマーク。 あなたは見てくれるだろうか? 見てくれてもハートはくれないかしら? 一瞥するとこの子たちもスマホに夢中になって
1 薄暗い地下の入り口では、正面から倒されたドミノのように、エスカレーターが下に流れていく。その流れに逆らって、ドブねずみは地上に出ようと足掻いていた。 地下に降りるエスカレーターは、焦ることも、休むこともせずに、ドブねずみが進むはずの反対方向に流れ続けていた。 少年は両脛を、鉄パイプみたいに痩せた手で抱えて、腰を下ろし、沈んだ瞼でその小さな勇姿を見つめていた。 彼のぼろぼろになった革靴に、飢えたゴキブリが触角を揺らしながらすり寄って来たが、背中の壁の小さな穴
第三章 夕食は地獄だった。担当のユダが悪いのではない。 黙々とスープを口に運ぶリリィの隣で、コゼットが物憂げな顔をしているからでもない(少しはそうかもしれない)。 私は殺していない。 リザードマンを送った後の一連のできごと。決して誰かに話してはならない。 侵入者がいたことも。 誰かに話していないのに、どうしても周りを窺ってしまう。 溺れた目がユカと八合わせる。彼女が意地悪そうににやりと笑った。 ふと、口に運ぼうとフォークで刺したニンジンが落下して
2章 森の中心、私たちが暮らす大きな木造りの家、アトリエに着くと、コゼットを含む数人の同僚が、私に声を掛けた。 「お帰り、ノクリア」 「ノクリアお姉ちゃんお帰り」 リリィの無気力な声に続いて、コゼットの明るいお帰りが聞こえた。 コゼットの隣に座ったリリィは、何が楽しいのか薬草をいじっている。 ウルフカットの彼女の髪の色は、ピンクに近い紫色だ。彼女の雰囲気は独特だが、寡黙だから私に害はない。 「お帰り」 「お疲れさん、ノクリア」 穏やかな青年の同僚、ケルド
プロローグ 勇者が死んだ。 この知らせはまたたく間に町中へ広まった。 何者かに刺されたらしい。血を流して倒れている。 魔王を倒すことは名誉となる。この世界の常識だ。 そんな人物がまさか、自分が倒した相手と同じ殺され方をするなんて、思いもしなかっただろう。 彼も、私たちも。 血にまみれた人間を見て思う。 いつになれば、何人救えば、私たちは救われるのだろう。 「大丈夫よ。使徒様が安らかにあの世に連れていってくださるわ」 神々の戒律にしばられな
その日の夜はものすごく体がよかったのでした。 快調と絶好調、凌駕するそれは この上ないほどの気分でした。 短気な私にとって始終堪忍袋は空気を入れたてたばかりの小さな風船のように破裂しやすいはずなのですが、なんといえばよろしいのか、その夜は些細な言葉さえも呑み込むことが出来たのです。 たとえ下を向いただらしない姿勢を指摘されたとしても、私は言い返さずに済んだのでしょう。 そういえば今彼女に向けられる視線も、私を傷つけようとする意地悪な魂胆をもつ目つきだということは否応