③「罪人の使徒~使徒の仕事は疲れたので神様殺すことにしました~」

第三章

 
 夕食は地獄だった。担当のユダが悪いのではない。

 黙々とスープを口に運ぶリリィの隣で、コゼットが物憂げな顔をしているからでもない(少しはそうかもしれない)。

 私は殺していない。

 リザードマンを送った後の一連のできごと。決して誰かに話してはならない。
 侵入者がいたことも。

 誰かに話していないのに、どうしても周りを窺ってしまう。
 溺れた目がユカと八合わせる。彼女が意地悪そうににやりと笑った。
 ふと、口に運ぼうとフォークで刺したニンジンが落下して、スープの中にダイブした。コンソメ味の水しぶきが、テーブルにまきちった。口をぽっかり開けた間抜けな殺人鬼。

 どうしたの、ノクリア? リリィがそんなことを言った気がした。

 無心に、スープで濡れたところを、放置されたナプキンで拭き取った。

 私は殺してない。

「そういや、ペテロの奴はどうしたんだよ?」

 思い返してみろ、順序がおかしい。

「……まだ、帰ってきてない」

 カウントが減ったのはナイフで刺して少し経った後だった。そこで私は転送した。

「まだ長期出張か? 馬鹿な嘘言ったのはあんただろユダ」

 転送できた、ということは殺していない。そうだ、殺していなかった。

「俺もわからない。本当はわからないんだ」

 今こうして罰せられていないのも……待てよ。殺したからカウントが減った、なんてことは……。

「じゃあなんで嘘ついたんだ」

「それもわからない」

 ジャックとユダが互いにきつい言葉をぶつけ合っていた横で、コゼットが涙を流した。
 私は無意識に彼女を抱きしめにかかった。

「……やめてよ。ペテロおじちゃんがいなくなってから……みんなやめてよ」

 しくしくと目を袖でこする。抱きつこうとした私は動けなくなっていた。

 代わりに、ジャックとユダの方を強く睨んだ。

「わ、悪かったよコゼット」

 ユダが形相を変えて、笑みを装うを見て、ジャックも我に返ったのかそっぽを向いて、正面を向いて座った。

 私は殺していない。

 険悪な夕食の中、私はただ静かに唱えていた。

 気が付くと、私は自室のベッドに腰をかけていた。
 歩いている心地がしないまま階段を上ったのだった。

 そういえば朝礼のときに、メジェドが呼んでいた。

 胸がはげしく動悸するのと並行してそんなことが思い返される。

 何を言おうとしていたのだろう。

 席を立ってまだ五分もしたのか怪しいのに夕食の時の、あいつらとコゼットの様子がフラッシュバックする。

 ユカが私の方を向いて笑っていた。昼の侵入者のことは誰にも話していない。ということはあの現場を見ていたのだろうか。気配を消す術を使徒は使える。だからそれを利用して見ていたのではないだろうか。

 違う。そんなはずはない。

 だいたい、私は侵入者を殺しただけだ。

 いや、殺していない。そうだ、問題ない。

 事故だもん。事故だもん。

 神聖な私たち使徒に手を出そうとしたあいつらが悪かったんだ。

 あいつらは使徒を人身の売買だとか言って拉致しようとしていた。

 そんなやつらを殺すことは悪ではない。

 そうだ、神様は見てくださっているんだ。

 だから、いまでも罰がくだらないのだ。

 熱心に独り言を続けていると、古びた窓の外に月が見えた。

 草原を超えた遠くの城塞を煌煌と照らしている。

 少し、気分が落ち着いた。大丈夫だ。

 しかし、もう一つ異物が心に残っていることに気が付いた。

 ペテロだ、あいつは一体どうしたのだろう。

 私はペテロが向かったはずの荒野をながめる。

 ……天国に招かれたはずがない。言い伝えによれば、免れた一人以外の者は抹消されるからだ。

 左腕の白い半袖をめくって、数字を確認する。

 二〇〇〇四

 途方もない数だ。だけど、あの二人の侵入者を殺めたとき、合計で約五〇〇〇も減っている。

 使命を果たすときより、誰かを殺したときの方が、数字の減りが大きいということだろうか……。

 この法則なら、もし使徒が使徒を殺した場合どうなるのだろう。

 窓の外を眺めて私は決心する。

 コゼットを救うためには、なんだってやるんだ。
 たとえそれが、戒律を破ることだとしても。

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