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はじまりの京都文学レジデンシー〈2〉:吉田恭子

このエッセーは岩波書店『図書』2023年4月号に掲載された
「はじまりの京都文学レジデンシー」に大幅に加筆したものです

実行委員会は何らかの形で文学の研究だけでなく制作にもコミットしている京都各地の大学教員が緩やかにつながる形で結成された。龍谷大学の澤西さんに加え、当時同志社大学に在籍していた翻訳家の藤井光さん(現在は東京大学)、京都大学の翻訳家森慎一郎さん、京都芸術大学でクリエイティヴ・ライティングを教えている河田学さんと同じく書評家の江南亜美子さん。日本の大学は執筆のためだけに海外の作家を招聘し滞在させる仕組みをもたないが、講演会などで個々の研究者が大学のリソースを有効活用することはできる。そこに、アート・レジデンシーの経験豊かな勝冶真美さんと、カルドネル佐枝さん、京都市の文化行政に通じた四元秀和さん、続いて出町商店街にCAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)を立ち上げた宮迫憲彦さんが加わった。

アドバイザリーボードには、IWP滞在経験のある京都在住の谷崎由依さんと藤野可織さん、同じくIWP経験者で大阪出身の柴崎友香さん、東京国際文芸フェスティバルの運営に携わり、現代日本文学の海外翻訳出版ブームの立役者のひとりである早稲田大学の作家・翻訳家辛島デイヴィッドさん、シンガポールで文学NPOのシング・リット・ステーションを設立し、次々とユニークな企画を実現している詩人のジョシュア・イップさん、IWP副ディレクターで小説家のヒュー・ファーラーさん、大英図書館での現代日本文学ショーケースイベント「ジャパン・ナウ」を企画運営してきたマーティン・コルソープさん、英国作家センターで長年海外との連携プログラムを率いてきたケイト・グリフィンさんという頼もしい面々に知恵を貸していただくことになった。

そのころ思い描いていた青写真は、5〜6棟続きの長屋に作家がひとりずつ缶詰になり、仲間に会いたいときは気軽に訪ねあえるような環境だった。2010年代後半の京都では町家が次々と民泊に改修され、ホテルや旅館だけでなく、街中の人々の暮らしの場に、全国そして海外からの訪問者が滞在するようになっていた。2、3泊で次々と入れ替わる御近所さんではなく、ひと月滞在して街の息遣いに詩的なインスピレーションを求める逗留者を受け入れられそうな場所を探したが、一棟貸しの町家で作家ひとりに丁度いい規模感と宿泊費の物件はなかなか見つからなかった。

一方で、資金確保も難航した。頼みにしていた文化庁のアーティスト・イン・レジデンス事業補助申請には2年続けて落選した。科研費など外部資金獲得に長けている運営委員メンバーだけに、落胆は大きかった。現在の日本では、各地の国際芸術祭や舞台芸術フェスティヴァルが定着するのにあわせて、美術・舞台芸術系のレジデンシーが広がりを見せている。にもかかわらず文学レジデンシーへの理解が広がらないのは、どうやらそんなことは大学でできるのではないかと思われているからのようなのだ。そもそも、大学の文学部は文学者=作家を養成するところと思っている人もいまだ少なくない。むしろ、哲学、歴史学、社会学などなど人文学全般を扱う文学部では、文学を研究対象とする研究者や学生は完全に少数派である。加えて、日本の大学での文学研究は文学の生産の現場との交流が乏しく、自分たちが新たな文学的価値を生み出す土壌だという気概が希薄だと感じる。

しかしなによりも最大の障害は新型コロナウィルスだった。2021年の秋に予定していた初回レジデンシーは入国制限のために延期せざるをえず、さらにその後、当初打診をしていた海外の作家たちには計画の中止を通知することになった。

2020年半ばから2021年後半にかけては、zoomなどのネット会議システムを利用した国際的文学交流がまたたく間に広まった時期だった。英国での翻訳・創作ワークショップや環太平洋的文学交流イベントに何度も出席して感じたのは、技術革新を利用して文学シーンを盛り上げよう、危機をチャンスに変えようという海外の関係者の戦略的実行力だった。2020年秋にはシング・リット・ステーション主催のオンライン文学レジデンシーという前代未聞の体験もした。2021年初夏には英国創作センターとブリティッシュ・カウンシル主催の世界中の文学系非営利団体関係者が集うオンライン合宿のようなイベントに誘われ、これがきっかけで、ブリティッシュ・カウンシルからの出版助成を得ることができた。また私たちもレジデンシーの助走的イベントとしてオンライン・ラウンドテーブルやオンライン・ワークショップを開催した。

対面での交流が難しい中、地球に散らばっている人たちとオンラインでつながることで、今いる狭い世界の外からの声に強く励まされた。また、日本在住の作家を対象に海外の文学レジデンシーについて紹介したワークショップでは、海外での執筆や交流に意欲を燃やす書き手がこれほどいるのかと驚いたし、創作言語の選択など、作家同士でもなかなかできない話が盛り上がるのを目の当たりにして、国民文学システムがいまだ強固な日本ででさえ、作家のためのオルタナティヴなコミュニティが求められていると実感した。

オンラインが盛り上がれば盛り上がるほど、文学の原点は紙の上にあるとも思うようになった。そこで生まれたのが紙上レジデンシーの企画である――雑誌を長屋、アパートに見立て、そこに様々な言語で書く詩人や作家や翻訳家が集う。紙上レジデンシー冊子は、鴨川デルタを想起させる三叉路から『TRIVIUM』と命名され、江南亜美子さんが編集を務めた。瀟洒なデザインは 外山央(とやまひろし)さんによる。『TRIVIUM』の核となったのが諸国語からの翻訳である。巻頭のアメリカ作家テジュ・コールによるエッセーや、世界中から投稿された作品を査読して日本語に翻訳するために、大勢の海外文学研究者・翻訳家の手を借りることになった。また、イギリスの詩人と日本の作家の往復作品交換の企画も翻訳が要となった。

翻訳は日本で国際的文学レジデンシーをはじめるために話し合いを重ねる中で、くりかえし浮上した課題だった。これまで日本に文学レジデンシーが生まれなかった、海外の文学祭やレジデンシーに日本語作家のプレゼンスが希薄だった、最大の要因は誰にでも想像がつく。言語の壁だ。芸術レジデンシーであれば、滞在期間にできあがったものを「見てもらう」ことで専門家以外にも直感的にその成果が伝わる。ところが国際的な文学レジデンシー、言語芸術の国際交流の場となると、「バベルの後」的様相を呈することになる。芸術創作行為の素材そのものが言語なので、それを「読める」者としか成果を分かちあうことができないと思い込んでしまう。その上、参加者同士や、運営の作家を迎える側にも日常的意思疎通のための共通語が求められ、それは当然英語となってしまう。英語圏や英語を公用語とする国々、一般市民の英語運用能力が高い北欧や東南アジアなどでは、たとえ英語で執筆する作家でなくても、作家と文学ファンの英語による直接的交流が期待できるが、日本で文学レジデンシーを開催するのであれば、要所要所で言語の壁をできるかぎり解消する努力が必要だ。それなしには、熱心な海外文学ファンにとってさえ、訪れる作家は「見せもの」でしかなくなってしまう。

そのため京都文学レジデンシーでは翻訳をキーコンセプトのひとつに据え、必ず日本語から諸国語への翻訳家を参加者として招聘することに決めた。これは日本での文学受容に翻訳が果たしてきた役割を認める選択であるとともに、翻訳もまた文学的・芸術的制作行為であるという実行委員会の共通理解と近年の翻訳論を反映している。また、実行委員が読めない言語の文学圏から新進気鋭の未邦訳作家を招聘し続けるためには、日本語への翻訳者からの情報提供と協力が不可欠だ。

もうひとつの決定は毎年必ず日本語作家に参加してもらうことである。海外のレジデンシー事情を見てみると、国際的文学レジデンシーにホスト国の作家が参加することはほとんどない。けれども、日本で文学レジデンシーという仕組みそのものが知られていない、知っていても日本の作家がなかなか参加できていない、という現状を変えていくには、単に海外から人を招くだけでなく、日本の各関係者にもできるだけ関わってもらい、レジデンシーを実際にこの目で見て、作家の声を聞いて、体験してもらう必要がある。日本語作家は単にホストとしての役割を担うだけでなく、国内で擬似的に国際文学レジデンシーを体験してもらうことで、海外の文学祭やレジデンシーに参加し、日本の文学関係者に興味を抱いてもらうきっかけとしたかった。

対面でのレジデンシーを敢行することを決めたのは2022年も春になってからのことだった。最小限の予算で、なおかつ実質的な執筆が可能な長期滞在ぎりぎりの期間として、初年度は3週間、ビジネスホテルの滞在に決まった。その頃はまだ入国制限が非常に厳しく、通常時ならビザなし渡航が可能な国々からの短期入国者でさえビザの申請が必要だった。ビザは取れるのか? 入国時に隔離期間が発生するのか? もし1週間も隔離されてしまうと、レジデンシー期間の3分の1が隔離で終わってしまうことになる。全員ビザ申請を前提に準備を進め、3日程度の隔離であれば、中止せず決行することにした。先が見えないからといって、いつまでも延期し続けるわけにもいかないというのが実行委員会の総意だった。

そこで新たに招聘候補となった作家への打診をはじめた。そこで浮上したのが、幼い子どものいる女性作家・翻訳家がレジデンシーに参加することの難しさである。レジデンシーは創作に専念することが優先的目的だから、伝統的・慣習的に単身滞在を基本とする。ところが私たちがとりわけ招聘したいと考えているキャリア初期〜中期の作家はライフプラン的に出産〜子育て期にあたることが少なからずあることを痛感した。子連れでレジデンシーに参加できるように準備を進めても、子育てでは避けられない様々なハプニングによって結局参加を断念したり、出産間近・出産直後で移動を諦めたり、数年後に参加の運が巡ってくることを祈るしかなかったりと、わずか二年の準備期間中に、ライフプランのためにキャリアチャンスに妥協せざるをえないケースをいくつも目にすることになった。レジデンシーに限らず、才能ある女性芸術家・作家が、キャリアの分岐点となるような機会を見送らざるをえず、それがその後のネットワークづくりや飛躍に影響してしまうことが、思っている以上に頻繁にあり、一線で活躍できる未来の可能性を狭めていると実感した。また、作家業は在宅の仕事だからと、男性作家が家庭の主夫的役割を担っている場合もあったりするだろうから、これは女性に限られた問題ではないだろう。実行委員会にとっても今後の課題だ。まずは日本在住の参加者からでも、子連れレジデンシーの可能性を模索できないだろうか? そうすれば、世界でも数少ない試みとして、ノウハウを海外に発信することもできるだろう。ワーク・ライフ・バランス推進に先駆的な団体や企業との協力も模索したい。

ビザもなんとか発給され6人の作家は無事到着し、到着翌日10月2日には公開のオープニング・フォーラムを香老舗松栄堂さんのご厚意で京都のど真ん中、烏丸二条の薫習館ホールにて開催した。作家たちが互いを知り合う最初の機会であり、また、記念すべき初回京都文学レジデンシー参加作家たちをはじめてお披露目するイベントである。

ひととおりの自己紹介を終えたあと、逐次通訳を交えながら、澤西さんと私とが作家たちに質問をする。最初の質問は「どこから来ましたか」。一見国籍を問うように聞こえるかもしれないが、実はそれほど単純な質問ではない。現代の作家の多くが国をまたいで、文化の狭間で、言語の狭間で執筆をしている。それは『TRIVIUM』への投稿でもあらためて実感したことだった。そして、国際的な文学レジデンシーは狭間で書き続ける作家を引き寄せる傾向がある。

左からユベール・アントワンヌ、アンナ・ツィマ、アルフィアン・サアット

6人の顔ぶれははからずも現代文学シーンにおける帰属の問題を浮き彫りにする結果となった。劇作家として活躍し、日本でも短編小説集『マレー素描集』(藤井光訳、書肆侃侃房)が翻訳されて間もないアルフィアン・サアットさんは、英語で執筆するマレー系シンガポール人。デビュー長編『シブヤで目覚めて』(阿部賢一、須藤輝彦訳、河出書房新社)が話題となったアンナ・ツィマさんは日本文学研究者・翻訳家でもあり、ここ数年東京に暮らして執筆・研究している。作家たちが招待された日本PENの京都大会では、突然のご指名にも関わらず、流暢な日本語でレジデンシー経験を紹介するスピーチを披露してくれて、おかげで懇親会の参加者たちは遠慮なく作家たちに声をかけることができた。

ニュージーランドのオークランド大学で創作を教えるマオリ系のポーラ・モリスさんは、自らのヘリテージを世界の歴史に重ね合わせた小説や随筆を書いてきた。世界各地のレジデンシーも体験していて、今回は来日にあたり、様々な現代ニュージーランド作家が日本を描いた作品の抜粋を編纂した美しいアンソロジー『Taste of Cloud〜雲の味』を心憎い手土産として準備してきてくれた。ベルギー出身でフランス語作家のユベール・アントワンヌさんの参加が決まったのはビザ申請もギリギリの8月末、26年にわたるメキシコ生活を畳んで今年ベルギーに帰国したばかりのころだった。彼は「ベルギー作家」と呼ばれることにとても抵抗を感じるとくりかえし表明していた。初来日の彼は京都や奈良の自然と調和した街並みにすっかり魅了されていた。翻訳家として参加したエミリ・バリストレーリさんは、アメリカ出身大阪在住だが、ヨーロッパ滞在経験もあり東京ではグローバルなIT企業の支社立ち上げに関わったりと、まだ若いのにここには収まりきれない経歴の持ち主。とにかく紹介したい日本の作品がたくさんありすぎて、人生百年あっても足りない様子。森見登美彦さんの小説の長年のファンで、しかも森見小説の英語翻訳者でもある彼にとっては格別の京都滞在だった。『四畳半タイムマシンブルース』を上映する出町商店街の映画館の書店サヴァ・ブックスで、書評家の渡辺祐真/スケザネさんと森見愛を語るというイベントを企画してくれた。

そしてバリストレーリさんが翻訳紹介に熱心な日本語作家のひとりが、日本語作家として唯一参加した大前粟生さんである。大前さんはレジデンシー初体験でありながら、日本語作家そして元京都在住者として、海外からの作家を迎え入れる役割を積極的に演じてくれた。到着直後のウォーキングツアーのガイドを務めたり、作家同士がつながるWhatsAppで色々御近所情報を流したり、作家が京都に親しむよう気配りをしてくれた。

薫習館ホールの広々としたデッキバルコニーにはさり気なく里山風の和風庭園があり、フォーラムが終わった後、作家たちはバルコニーで、まだ夏の終わりの名残がある夕暮れを味わいつつ、参加者や報道関係者からの質問に応じていた。

(つづく)


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