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世界にはまだまだ知らない文学がある

Needle at the Bottom of the Sea:
Bengali Tales from the Land of the Eighteen Tides

「海の底の針:ベンガルの物語」
Translated by Tony K. Stewart
March 2023 (University of California Press)

世界文学が元気だ。

いや、昔から世界文学はあった。
フランス文学だったらユーゴーの『レ・ミゼラブル』とか、ゾラの『居酒屋』とか、ドイツだったらダンテ『新曲』、ヘッセ『車輪の下』、イタリアはカルヴィーノ、スペインだったらセルバンテス、ロシアにはトルストイ、ドストエフスキー、インドはタゴール、中国は魯迅、莫言 etc. etc.

でも、最近はもっとマイナーな国の文学が日本語に翻訳されて出版され、それなりに売れているように見える。

トルコの作家、オルハン・パムクがノーベル賞を受賞したのは2006年。ノーベル文学賞は、英語圏だけでなく、非英語圏の作家も数多く受賞しているが、だいたい一番有名な作品が邦訳されるぐらいで、名前がそんなに定着していなかったように思う。それが、オルハン・パムクあたりから、1作だけでなく、複数の作品が邦訳され、読まれるようになっていった気がする。完全に私の印象だけで言ってるけど。

同じくノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチはベラルーシの作家、ジャーナリストで、『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦にソ連軍として従軍した女性500人への聞き書きをまとめたものだ。漫画化もされた。

韓国文学は、韓国と日本の歴史的な経緯から、ながらく翻訳出版がされてこなかった。サッカーのワールドカップが日韓共同で開催される前年の2001年に、日韓共同宣言が出されたころから、お互いの文化交流が本格的にはじまった。冬ソナがブームになったのが2003年で、そこで第1次韓流ブームがおきた。

今や第何次の韓流ブームなのか知らないが、日本の中高生の3割ぐらいはK-popファンなのではないか。もはやブームではなく、定着した感がある。

そして韓国文学もこの20年で一気に流入してきて、定着したという感触がある。

ハン・ガンは2016年、『菜食主義者』でブッカー国際賞受賞。
『すべての、白いものたちの』は、私が初めて読んだ韓国文学だ。しんしんと降り積もる雪のなかで、ささやき声でつむがれたような文章。どの話にも、その底にひそやかな悲しみが沈んでいる。強風が吹いたらかき消されてしまいそうな細い声なのに、耳の奥にいつまでものこっている。
『少年がくる』は、読むのがつらく、苦しかった。韓国の現代史について何も知らない、光州事件についてこの小説で初めて知った自分の無知を恥じた。けれども、知らなければならなかった。
韓国の文学を読み続けていこうと思わせてくれたのは、ハン・ガンさんの小説を読んだから。

日本の出版社も、今は世界文学、それもマイナーな国の文学に注目しているのではないか。

それが証拠に、『「その他の外国文学」の翻訳者』なんて本とか、『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』なんて本が出ていて、それなりに話題になってる。

とてもいいことだと思う。バカみたいな感想だけど、ほんとにそう思う。

というわけで、本書である。

どうやらベンガル地方といわれる、インド東部とバングラデシュのガンジス川河口のデルタ地帯に伝わる民話をあつめたものらしい。

そもそもこのWorld Literature in Translation「翻訳による世界文学」シリーズというのが、premodern, つまり現代以前のもの、そして、neglected or marginalized、今まで無視され、周辺に追いやられていたようなマイナーな文学に光をあてようというもので、ほかにはアフリカの、今でいうコンゴ共和国で話されているバントゥー語で語られ、あるいは歌われてきた叙事詩なんてものも刊行されている。

ちなみに日本文学もある。
それは松尾芭蕉。
The Complete Haiku of Matsuo Bashōとなっているから、『奥の細道』だけじゃなくて、『芭蕉俳句全集』ってことだよね。うーむ。芭蕉ときたかぁ。。渋い。


で、こちらのベンガル地方の民話集は、解説によると、「なによりもまずサバイバルの物語」なんだそうである。「スンダルバンスという湿地帯に暮らす困難を克服するためだけでなく、宗教、カースト、経済階級という社会的なちがいからくる対立を緩和するためにも、人々が協力することの必要性を説いている。」

『海の底の針』は、ファンタジーと興奮に満ちあふれている。スーフィーの主人公は、虎が人間の言葉を話し、男が魔法のように巨人に成長し、ヒンドゥー教の王女がイスラム教の王子と恋に落ち、女神が王や商人と親しく交じりあうような不思議な世界を巡り歩く。宗教、階級、ジェンダーのちがいを越えて、これらのすばらしい物語を結びつけているのは、いかに困難で腐敗した世界であっても、清く正しく生きようとする登場人物たちのひたむきな姿である。

スンダルバンスもスーフィーもよく知らなかったし、そもそもインドやバングラデシュの歴史にも暗い。ハン・ガンさんの『少年がくる』を読んで、はじめて韓国現代史を知ったように、この『海の底の針』を読むことで、インドやバングラデシュの歴史に興味を持つようになるのではないか。

それって地味だし、ものすごく迂遠だけど、世界平和への第一歩って気がする。

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