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京子先生の教室12 「好き」のシャワー

 みなさん、最近、だれかに「好き」って言いましたか?
あなたの大切な人に、その思いをちゃんと言葉にして伝えていますか?
 今回は、「好き」が持っている「言葉の力」の話です。

 先生がちょっとイライラしながら言っています。
「絵を描き終わったら、ちゃんと後片付けてから、遊びに行きます。いつも言ってるでしょ!こんなにちらかしたままでいなくなって。次の勉強が始まってから片付けなくちゃいけないでしょ。ほら、床の上にも絵の具がたくさん落ちてるし、バケツの水もそのままにして・・・。急いで片づけなさい!」

 叱られているのは、2年生のいずみくんです。図工の時間に絵を描き終えた後、休み時間になったので、道具をそのまま片づけないで、運動場にとび出して行ったのです。先生は、いつも言ってるのにいっこうにかわらないいずみくんに、ちょっと怒っています。
 こんな時、いずみくんは先生の言葉に「はいっ。はいっ。」としっかり反省したような返事をします。でも、数分経つとケロッと忘れてしまい、あっという間にいつものにこにこ顔になっています。

 いずみくんはこんな子です。同級生よりちょっと幼いですが、自分の気持ちにまっすぐです。自分が思うこと、やりたいことをまっしぐらにする、子どもらしい子です。

「先生、ごめんなさい。わ~ん。」
先生から叱られて、顔をしわくちゃにして大声で泣くこともよくあります。でも、さっきも言ったように、数分後にはケロッとしています。

 そんないずみくんのことで、先生が今でも忘れることのできないことがあります。

 それは、
「先生、さようなら。みなさん、さようなら。」
と帰りのあいさつが終わった後に起こります。みんなが、どやどやと教室から出て行く中、いずみくんはつかつかと先生の所へやってきて、こう言うのです。

「ぼくは、京子先生のことが、世界でいっちばん好きです!」

 身体をななめにかまえて、そう、イチロー選手がバッターボックスに入ったあと、バットをまっすぐピッチャーの方へ向ける、まさにあのポーズです。腕をまっすぐ伸ばし、指を一本立てて、「いっちばん好き」と言うのです。

 初めて言われた時、先生は
「えーっ、まあうれしい、ありがとう。」
と返しました。先生の顔は思わずほころび、満面の笑みになりました。だって、本当にうれしかったからです。たとえ、8才の子からでも「好きだ」と言われると、誰だってうれしいと思います。先生はにこにこしながら、いずみくんを教室から送り出しました。

 さて、この日をかわきりに、いずみくんの先生へ向けての「好き」の攻撃が始まりました。

 毎日、毎日、「先生、さようなら。みなさん、さようなら。」と言った後、つかつかとやってきて

「ぼくは、京子先生のことが、世界でいっちばん好きです!」

と言います。イチローポーズで、「いっちばん」と言う時には右足を床にドンとたたきつけ、力をこめます。「ふふ、ありがとう。」やっぱり、先生はうれしいです。

 放課後、友だちと遊ぶ約束をして、早く家へ帰りたいだろうと思う時でも、先生の所へやってきて、

「ぼくは、京子先生のことが、世界で世界でいっちばん好きです!」

 明日から連休でみんながウキウキしながら帰っていく中でも、つかつかと先生のところへやってきて、

「ぼくは、京子先生のことが、世界でいっちばん好きです!」

 今さっき、先生からしかられ大泣きした後、まだ目が赤くなっている時でも、ちょっと下向きかげんで、

「ぼくは 京子先生のことが、世界でいっちばん好きです・・」

と言うんです。さすがに、この時ばかりは先生の心が痛みました。『なにも、こんな時にまでいいに来なくてもいいのに・・・。ちょっと、叱りすぎたかなあ・・・ごめんね。』そんな気持ちにさせられました。

 先生は、毎日、毎日、「好きだ」「好きだ」「好きだ」とシャワーのように「好き」をふりそそがれました。先生は思いました。『今、世界中で私に一番好きだと言ってくれるのはいずみくんだな。夫でもない、子どもでもない。ありがたいことだ。』と。この「好き」のシャワーは1か月半ほど続きました。

 あれから、20年近く経ちました。いずみくんは成人して、もう結婚したかもしれません。いずみくんの「好き」は大切な恋人にたくさん注がれたことでしょう。

 ただ、あの時、いずみくんが先生に向けて言った「好き」は、脈々と先生の中で生き続けています。先生が、先生として自信を無くしそうになった時、イチローポーズのいずみくんが現れます。そして、あの表情で「いっちばん好きです!」と言ってくれるのです。そうすると、先生は『こんなことでへこたれてはいられない。』とまた、元気を取り戻すことができるのです。

 ある日、ふと思い出した時でも、『ふふっ・・。」と先生の心の中をほんわかとあったかくしてくれます。

 先生は今でも、8才のいずみくんに元気づけられているのです。

 人からもらったあったかい言葉って、人の心の中で種火のように燃え続け、ずっとその人をあたためる力を持っていると、先生はしみじみ思います。ましてや、それが、「好き」と言う最高の言葉だったら・・・。

 みなさん、「好き」の言葉を自分の中になおしこんでいませんか。黙っていないで、どんどん言葉にして伝えていきましょう。
 ましてや「世界でいっちばん好きだ。」なんていつも言われたら、それは一生分のプレゼントになりますよ。

                       おしまい


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