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京子先生の教室7「俺の伝言を伝えてくれんね。」

20歳の同窓会で太一君が先生に言った言葉があります。
「先生がこれから担任していく子ども達に、俺の伝言を伝えてくれんね。」
先生はその伝言を聞き、教師の使命を改めて肝に命じ、ずっと伝えて行くことになります。

「先生、俺・・・、もっとちゃんと勉強しておけばよかった・・・。」

20歳の同窓会で太一君は先生にポツリとこぼしました。
「ん?どうした。」先生が尋ねました。

「俺ね、車が好きだけん、自動車整備の資格試験を受けようと思って勉強しよるけど、テキスト見ても頭に入ってこんとたい。意味がわからんことも多くて、勉強が全然進まん・・・。」
「そうなんだ・・・。」
先生は、返す言葉を見つけることができませんでした。

小学生の頃、太一君はスポーツ万能のとても元気な少年でした。ただ、勉強に強い苦手意識を持っていました。宿題もなかなかしてこなくて、本を読むのも苦手でした。先生は「どうして宿題をちゃんとしてこんね。」とよく叱っていました。
でも、今思うと、さぼってしなかったのではなく、わからない事も多くてやれなかったのだと思います。誰だって心の奥では、わかるようになりたいと思っているはずです。今頃こんなことを言っても・・・。

「ちゃんと勉強しておけばよかった。」「わからない。」と大人になった教え子が言うのは・・・辛かったです。『自分にも責任がある』『どうしてもっと関わり学力をつけられなかったか』・・・と先生は、後悔の念と重い事実を突きつけられた気持ちになりました。
彼はこう続けました。

「先生、先生が担任していく子ども達に俺の伝言を伝えてくれんね。」
「えっ?何」
「勉強はちゃんとしろ。でないと大人になって困るぞ。勉強をしなかった先輩が困って反省しよるって。俺のようになるといかんけん、先生を通して後輩にちゃんと勉強しろって伝えて。この俺が言いよったって。」
「・・・わかった。」

学校の一番の役割は子ども達に学力をつけることです。それが十分できずに目の前の教え子が悩んでいる。先生は太一君の顔をまっすぐ見ることができませんでした。

その後、先生は毎年必ず、太一君の言葉を子ども達に伝えました。
「先生の教え子で君たちの先輩がね、後輩に伝えてほしいことがあると言ってたからそれを伝えるよ。」
「えっ、何ですか」「何」「何だろう」

「いい、これが伝言です。『勉強はちゃんとしろ。でないと大人になって困るぞ。勉強をしなかった先輩が困って反省しよる。俺のようになるといかんけん、ちゃんと勉強しろ。』です。これを伝えてほしいって言われたの。いい?伝えたよ。受け取ってね。」太一君の直面していた試験勉強での苦労話もしました。

伝言を受け取った子ども達の反応は様々でした。
「嘘でしょ。それ、先生の作り話じゃないですか。」「ふう~ん・・そうなんだね。」「そっか、わかりました。」「やっぱり、勉強はせなんね。」
『勉強、いやだなあ。』と思っている子に太一君の思いが少しでも届いたらという思いで一生懸命伝えました。そしてさらに、太一君の言葉はその後の先生の指導姿勢にも大きな影響を与えました。


あれからさらに月日は経ちました。今、太一君は、車関係の店舗を構え、日々頑張っています。

おしまい

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