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『保健室のアン・ウニョン先生』 チョン・セラン

ひときわ長い梅雨のジメジメした空気の中、この本を開いたら、爽やかさに包まれた。「今日こそは好きなあの子に告白しよう」と決意する男子高校生の恋心からこの本は始まる。そしてタイトルになっている保健室の先生は特殊能力を持っていて、学校にはびこる「ソレ」とおもちゃの剣とBB弾の鉄砲で戦う。私の中二病がうずきだす。表紙も非常にPOPでかわいらしい。

手入れの足りないパサパサの髪をした保健の先生がストッキングを伝線させながら、学校や生徒、そして昔の友達の問題に立ち向かっていく。軽くて読みやすい、でも決してお粗末ではなくて、ちょっとにやり、ほっこり、ほろりしてしまうようなお話が連なっている。ひとことで言うと「ちょうどいい」。

この「ちょうどいい」はチョン・セランさんの圧倒的な筆力によって調整されているのだと思う。私がこの本を読んだのは、前に読んだチョンさんの『フィフティ・ピープル』がとても面白かったからだ。50人の登場人物によるオムニバスで、各登場人物がひっそりとリンクしている。その構成もすばらしかったし、現代韓国が抱える問題がところどころにさりげなく入れ込まれているのも見事だった。だから本作『保健室のアン・ウニョン先生』の軽やかでPOPな印象とのギャップに驚いた。でも読んでいると、慣習や学生たちのことなど課題がさらりと紛れ込んでいたりする。読んでいてひっかかるような書き方ではない。文末の訳者解説を読んで「へぇ、そうなんだ」と思いながら、自分や日本のことをちょっと振り返る。声高に意見を叫んだり、問題提起することなく、そっと読者に自ら考える時間を提供するのはたやすいことじゃない。

この本から「上等なメレンゲ菓子」を思い出す。お腹がいっぱいになるわけでもないし、サプリのように栄養豊富というわけでもない。見た目が何となくかわいらしくて、口に入れるとスッとなくなってしまう。生活する上で別に役立たない。でもそういう甘くて、口当たりがよく、ドリーミーなものが、時には必要。そのちょっと贅沢なおやつの時間こそが心を癒したり、何かを生み出すこともあるのだから。そんなメレンゲを作るには細かな泡立てや、オーブンの温度管理など高度な技術が求められる。あとがきに、チョン・セランさんがどのような気持ちでこの本を書いたか、書いてある。しっかり私は「それ」を受け取りましたよ。とても素敵な本。

179.『保健室のアン・ウニョン先生』 チョン・セラン

●翻訳 斎藤真理子さんのインタビュー

●韓国文学 日本と似ているのにちょっと違うのがおもしろい


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2020年読んだマンガ(更新中)
2019年読んだ本:77冊
2019年読んだマンガ:86冊
2018年読んだ本:77冊
2018年読んだマンガ:158冊

#保健室のアンウニョン先生 #チョンセラン #斎藤真理子 #韓国文学 #読書   #読書感想文

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