すべての罪悪感

『すべての罪悪感は無用です』 斎藤学

なんかもう、このタイトルだけでいいじゃない。―すべての罪悪感は無用です―「早く言ってよう!」と思う私は、異様に罪悪感を感じてきた人間である。私がヤバかったときの話をしよう。ゴミ出しに行って、途中にゴミが落ちていたら拾わないと罪悪感を感じていたのだ。「ちょっと拾って、手にもっているゴミ袋にいれて一緒に出せば、家の前がキレイになるじゃない。そんなこともできないの?」と。でも今思う。「なんで私がやらなきゃならないの?手が汚れるし、そもそもその吸い殻は誰が吸っていたかわかったもんじゃない。」

人によっては想像もつかない考えだろう。でも自己肯定感が低い人間は、一事が万事、そのレベルのことで自分を責め続ける。タチが悪い。著者である精神科医の斎藤学さんはこう書く。

人は悪事を働いて罪悪感を持つのではありません。非合理にも持つ必要のない罪悪感を勝手に抱き、その量に応じた悪行・愚行に走るのです。

・・・わかります。小心者だから悪行はしていないと思うけれど、愚行はたくさんしてきました。

この本は日本に「アダルトチルドレン(子供時代に愛着対象からトラウマを受け、それによって「力を奪われた」人々)」という概念を広げた斎藤学さんによる本。アダルトチルドレン(星飛雄馬がそうらしい。わかりやすい!!)や、アルコール依存症、「癒す母」を女に求める男(そして恨むようになる)と蔓延する「おふくろ幻想」などについてわかりやすく解説されている。自分がとらわれてもがいていることが、客観的に分析、構造化、明文化されると自分まですっきりすることがある。生きづらい人はこの本の中でそういう箇所と出会えるかもしれない。

読んでいるときに「そうそう!」と思ったことは、随所にあったけれど、読み終わったら思い出せない。なんかもう、このタイトルだけでいいじゃない。―すべての罪悪感は無用です― もしくは在日ファンクの『罪悪感』を聞きながら踊り狂えばいい。

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