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『エストニア紀行―森の苔・庭の木漏れ日・海の葦』 梨木香歩

あの人は遅れてお店にやってくるそうだから、本を一冊買いましょうか、と本屋に行って手に取った。旅の話は誰から聞いても面白いわけではない。「この人の旅は素敵だ」そう思わせる人に旅の話を聞かせてほしい。梨木さんは、話を聞きたい旅の人である。

海外で暮らした経験もあり、知識も豊富で視座が高く、カヌーで一人水辺に浮かび、森、鳥と植物を愛する梨木さん。一見物静かな賢人に思える彼女も、内には並々ならぬ興奮や熱意を秘めていることを、私は他の本で既に知っている。この本はエストニアの旅をまとめたもの。IT先進国として最近目にするエストニアも、田舎には民族衣装を着て歌い踊り、編み物をするおばあさんたちが暮らす。そして軍事的な要所だったゆえに自然がそのまま残っている島もある。

彼女は旧市街の地下通路、幽霊らしきものがいるホテル(梨木さんはオバケとも距離を縮めてしまう)、キノコ採りの名人おばあちゃんとの出会い、コウノトリの渡り、森での散策…といった事柄をエストニアで経験していく。私にはわからない植物や鳥、歴史、文化を彼女はしっかり拾い上げ、結びつけ。思考し文章にしたためる。

ヨーロッパというと私はまずイギリスやフランスといった西欧を思い浮かべるくらいで、エストニアのことを私はほとんど知らない。何となく寒くて、乾燥していて、色味がないような印象。旅先として思い浮かべたりもしなかっただろう。梨木さんのフィルターを通じて、不便でもコウノトリの巣を取り去らずに共存しようとしたり、キノコ狩りを愛したり、周辺諸国に侵攻されてきた歴史を持つ、地に足のついた彼らのことを知る。今自分がエストニアに行くよりも、(行ったら絶対に良い経験になるのだが)この本を読めたことで、エストニアについて濃い情報や今後へのフックを得た気がする。エストニアへの興味と好感度がぐっと高まる。こうして、自分の中に「エストニアの引き出し」ができていく。まだほとんど空っぽだけど、なんとなくうれしい。

153.『エストニア紀行―森の苔・庭の木漏れ日・海の葦』 梨木香歩

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