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読書日記2024年7月 『幻想と怪奇 不思議な本棚 ショートショート・カーニヴァル』

新紀元社の雑誌『幻想と怪奇』。
いつも面白く拝読していますが、今号の『ショートショート・カーニヴァル』はとりわけ楽しみにしていました。
だって名だたる書き手たち27人が、みんなショートショートを書いてるんですよ……?
おまけに第二回ショートショート・コンテストの入選作品まで収録。
ショートショート大好きな私としては、大変嬉しい一冊。
楽しく面白く、時に怖がりつつ、読ませていただきました。

テーマは「不思議な本棚」とあるように、本、本棚、本を読む人etc.
特に好みだった下記の作品について、感想を書いていきます。

「読むと死ぬ」織守きょうや
「本を買わせろ」木犀あこ
「石の花は枯れず」勝山海百合
「奈落の戯曲」石原三日月
「『怪奇マガジン』読者ページより」澤村伊智
「幻想という名の怪奇」三津田信三
「森を織る」井上雅彦
「百合の名前」高野史緒
「本の開く音 閉じる音」西崎憲
「おぼろ街叙景」今井亮太
「灰白」澁澤まこと
「おいしいおいしい全て焼き」日比野心労

「読むと死ぬ」織守きょうや

妹を連れ、歯科医院にやってきた茉優花。
妹の診察を待っている間、待合室の本棚に「十二歳が読むと死ぬ本」というタイトルの本を見つけました。
茉優花はちょうど十二歳になったばかり。
手に取ってみると、まず「警告」として「この本は、十二歳が読むと死ぬ本です」「十二歳の人は、この本を読んではいけません」云々と綴られていました。
さて、あなたがもし十二歳だったらどうしますか?
私は大変怖がりなので(怖い話が好きなくせに)、そっと本を閉じて棚に戻しますね。
茉優花も怖がりのようで、一度は棚に本を戻したのですが……。
歯科医院の待合室、という日常の何でもない空間で、ぞわっとさせてくるお話。
読む、読まない、やっぱり読もうか……と二転三転。
最後には、予想していなかった「読むと死ぬ」が立ち現れる構成が見事でした。

織守きょうやさん、最近読んだ「名とりの森」(『ミステリー小説集 脱出』収録)も怖い雰囲気たっぷりで良かったです。
その感想は別記事でまとめていますので、よろしければ。

「本を買わせろ」木犀あこ

もし自分の身に起こったら? と想像した時、一番恐ろしいお話でした。
「二泊三日の出張だというのに、本を鞄に入れるのを忘れていた」
この冒頭の一行を読んだだけで「あーっ」と思わず悲鳴。
本好きな人間には何とも耐えがたい状況です。
私なら何としてでも本屋に立ち寄って、何でもいいから本を買う。
本作の主人公も同様の行動に出ます。
新幹線に乗り込む前に駅構内の売店へ。
ところが、店に本が見当たらない。
以前は本を置いたコーナーがあったのに……。
ぐずぐずしているうちに新幹線の時間が来て、乗らざるを得ない。
到着まで眠って時間をやり過ごそうとしますが、頭に浮かぶのは、
「本。だめだ。読みかけの、本。だめだ。道中で読むための、本――」
どうしても眠れません。わかります、その気持ち……。
読みたい時はもう、何でもいいから読みたいですよね。
実は私はこういう非常時に備え、スマートフォンに電子書籍を数冊忍ばせてあります(反則技)。
一度読んだものしか入っていないので物足りない感はあるのですが、何も読めないよりはマシです。
しかしこの主人公、電子書籍は使わない派。
あくまで活字の本を手に入れたい、読みたい。
その渇望と必死に戦っているうち、周囲の様子が変貌し始めていて――。
戦慄のラストでした。
こんな世界には絶対に行きたくありません。

「石の花は枯れず」勝山海百合

友人の娘が出演する劇を観るため、地方の町を訪れた主人公。
町の中で古びた洋館を目にし、「誰か住んでるの?」と尋ねてみると、友人の娘、また友人の口から怪談めいた逸話が語られる。
その話は、翌日演じられる予定の劇「石の花」とも関わりがあり、うそ寒い空気が漂う。
久しぶりに会った友人家族との会話やバーベキューの様子など、いわゆる「日常パート」部分が和やかに描かれている分、「怪談」パートの仄かな怖さが際立っています。
夜、母屋から離れた「小さいおうち」(友人の妻が趣味の手芸をするための建物)で寝ることになった主人公。
夜中に目が覚め、聞いたばかりの怪談とどこか似通う不気味な体験をしてしまいます。
さらには翌日、いよいよ「石の花」が演じられる間際になって、思いがけないお願いをされて……。
いくつものエピソードが絡み合いながら、じわりじわりと恐怖感が盛り上がっていきます。
その恐怖感が極まったクライマックス、見事でした。
「石の花」という物語は全然知らなかったので、ウェブで少し検索してみました。
なるほど、上手く作中にその要素を取り入れてあるなあ、とさらに感服。

「奈落の戯曲」石原三日月

「都内某所にある小劇場の奈落には作者不詳の傑作戯曲が落ちている」。
劇作家として活動していた真知佳が耳にした、奇妙な噂。
ちなみに奈落というのは劇場などの舞台機構の一つ。
舞台の真下や、花道の下などに設けられているスペースのことです。
(私は演劇や舞台には全然詳しくないのですが、ミステリやホラーでは奈落がトリックや恐怖演出に使われることが多いので、何となくお馴染み)
さて、真知佳が聞いた噂には続きが。
いわく「今まで何人もの演劇人がそれを見つけ、手には取っているのだが、いまだに奈落から持ち出せた者はいない」。
その理由は「わずかでも光があるとその戯曲は見つからない」から、また「戯曲を手にしている間は奈落から出られなくなる(中略)戯曲を手にした者はどれだけ歩いても奈落の端に辿り着けなくなる」から……と言われています。
この噂だけでもぞくぞくするくらい怖くて素敵な設定ですね。
さて真知佳には共同創作者で、二人合同のペンネームを使っている相方・Kがいます。
ある時、彼が噂の奈落へ足を踏み入れてしまった模様。
噂通り、拾い上げた戯曲の本を手にしている間は外へ出られず、二時間近く暗闇をさまよい歩いたあげく、本を投げ捨てた途端に現実へ戻ってきたのだ、と彼は語ります。
本気にしない真知佳でしたが、Kはそれ以来、「奈落の戯曲」に取り憑かれてしまったようで……。
やがて真知佳自身もその奈落に入り込むのですが、その先に待っていたモノが何とも甘美で、かつ恐ろしい。
演劇のみならず創作にたずさわる人間の業を描いた作品でもあると感じました。
余韻を残す結末まで含め、好みの一編でした。

「『怪奇マガジン』読者ページより」澤村伊智

架空の雑誌『怪奇マガジン』の読者コーナーへの投稿と編集部からのコメント、という体裁で構成されています。
読者たちが『骸地蔵の村』(朧幽吉・著)というホラー小説への感想や批判を投稿しているだけ、と思いきや、じわじわと見えないところで怪異が進行している。
最後には、とある投稿主の身に何かが起きて……。
時代設定が1997年から1998年にかけて、というのが良いですね。
雑誌にハガキで投稿して、掲載されるかどうか楽しみに待ってみたり、自分の投稿に編集部や他の読者から反応があると嬉しくなったり。
私自身、高校生の頃に愛読していた雑誌への投稿に励んでいた時期があり、なんだか懐かしくなりました。
そしてこの作中で語られている『骸地蔵の村』という架空の小説がとても面白そう。
テイストとしては横溝正史か三津田信三さんが書きそうなお話?
ぜひ読んでみたい!と思ってしまいました。

「幻想という名の怪奇」三津田信三

事前に「この雑誌掲載でしかできない設定」といった情報を見てしまっておりました。
そこから予想された通りの展開……とは思ったのですが、さすがは三津田信三先生、手練れです。
作中表現されている「夢想と酩酊が混ざり合った混沌の中で、薄気味の悪い既視感を覚えるような……」という「酩酊感」を読者にもちゃんと味わわせてくれました。
ラストの一文にも、思わずニヤリ。
続く掲載作品のタイトルが「円環」というのもまた、良いですね。

「森を織る」井上雅彦

井上雅彦さんの作品はいつも詩情に満ちていて、話の筋を追いかけるというよりはその雰囲気にどっぷり浸るのが楽しいです。
主人公は霧が立ちこめる深い森の中をさまよいながら、妻や、「詩織」という名の娘に逢いたいと願っています。
「まだ世界がここまで過酷でなかった時代」とあることから、世界が何らかの大異変に見舞われた後らしいと推測はできますが、明確には描かれていません。
また、彼自身も何らかの理由で追われているらしく、ガサリと音がするだけで身構えるのですが、その理由も判然とはせず。
森も、ただの森ではなく不思議な場所。
「ここは見果てぬ広大な森林地帯などではなく、実際は我が家の書斎なのではないか」
「この森では、よく本が見つかる」
と述べられ、実際に詩織が持っていたのとそっくりな絵本を手にしたりします。
詩織や妻との懐かしい思い出、見つかった本から出てくる「宝物」……。
主人公が認識している世界と、実際の世界のありさまとは異なっているらしきことも暗示されています。
主人公自身の、今の姿さえも……。
しかし読者はあくまでもさまよえる主人公と一体となり、愛する妻や娘への想いを共にすることができます。
美しく甘やかで、しかし裏に秘められている真実を思うと胸苦しくなる、そんな切ないお話でした。
「詩織」という名にまつわるエピソードも素敵です。

「百合の名前」高野史緒

これは長編小説として読みたい! 
と、読み終えた時に思ってしまいました。
(短い小説好きな自分としてはめずらしく)
ショートショートとしても完成度は高いと思うのですが、この設定、じっくり長編で読みたい。
どういう理由でか、男性が存在せず、女性だけで構成されている世界。
男性については残された古い彫像や絵画によって確認できるのみで、「顎に毛を生やした大柄な異形」「乳房のない異形」と表現されています。
さる尼僧院を訪れたウィルマとヨアンナは、謎の転落死を遂げた尼僧について調査することになります。
ところが、さらに第二、第三の死者が出てしまい、事態は錯綜。
さらにこの世界では文字を読むことができる者がおらず、本というものも存在しない、と示されます。
そのことが連続する謎の死と関係してくる展開も秀逸。
途中で挟み込まれるヨアンナと貧しい美少女との恋情も含め、やっぱりもっと長い物語としてじっくり読んでみたい……と感じてしまった作品でした。
もちろんこれだけでも十分面白いのですけれど。

「本の開く音 閉じる音」西崎憲

「読書に最適な環境というものがあるとすればそれはいったいどのようなものだろうと折にふれて考える」
というのが冒頭の一文。
わかります。読者好きな人間ならみんな考えますね。
この作品では「経験したなかではあれが最高だったのではないか」として挙げられるのが、「二十代の後半あたりだったか、(中略)とっくの昔に廃止になった二十世紀の寝台車で北を目指していた」夜のこと。
寝台車での読書について描写された後、「あらためて最高の読書環境を考える」として別の情景が描き出され、さらにその場所で読んでいる本の中身が記されてゆき……。
それこそ寝台車に寝そべってさまざまな本をめくっているかのように、今この場所から離れた時空間へと誘い込まれてしまいます。
それこそ、作中作の中で「本こそ真の旅行だと思う。本を読めば現実のどんな旅より遠くまでいける。時空さえも超えられる」とあるように。
そして気づいた時には、読者は随分と遠いところに置き去りにされています。
しかしその置き去りにされた気分、これがまた悪くない。
これこそ読書の醍醐味だな……ということを二重三重に感じさせてくれるお話でした。
西崎憲さんの透明で硬質な、けれど決して冷たくはない文章がとても好きです。
思わずたくさん引用してしまいましたが、この作品は手書きで全部写してみたいくらい好きだなあ、と思いました。

「おぼろ街叙景」今井亮太

ショートショート・コンテスト最優秀作。
敗戦後数年経った、地方の温泉町にて。
主人公は当時五歳くらいの男の子、母と二人で出征した父の帰りを待っています。
内職で忙しく働く母に代わって、優しくしてくれたのは隣家の「みどりさん」。
いつも疲れた顔をしている母とは違い、綺麗な身なりをした美しいみどりさんに主人公は夢中になります。
しかし母が「みどりさんのことを『パンパン』と言いふらしていた」という理由で、母とみどりさんは大喧嘩になり……。
味わいのある文章で、敗戦後の温泉町の情景が綴られています。
進駐軍の行進を見に行ったり、ラジオから流れる復員兵の名前の放送を聞いていたり。
この時代独特の描写も丁寧に織り込まれており、引き込まれました。
しかし怪奇幻想の要素はどこに? 
と思っていたら、最後になって思わぬ展開へ。
ふいっと記憶の中の情景の見え方が変わってしまう。
こういう経験は、もしかしたら少なからず経験する人も多いのでは。
しみじみとした不思議な感覚が読後に残る一編でした。

「灰白」澁澤まこと

ショートショート・コンテスト最優秀作、2作目。
「それは私の知る『人形』ではなかった。いわば人体のイデアだった」
という冒頭からして、良い雰囲気を醸し出しています。
「おぼろ街叙景」のテイストも好きですが、「さあこれから怪奇幻想が始まるよ?」と出だしからはっきり伝えてくる、こういう作品も大好きです。
主人公は三〇歳手前、ベンチャー企業勤めの女性。
人から見れば仕事、年収、容姿など、すべてに何の問題もなく「恵まれている」状況。
しかし本人は「灰色の世界」にいるようだ、という苦悩を抱えています。
そんな主人公が偶然入ったギャラリーで出会ったのが「彼女」。
「浜いさを」という人形作家の手による、白い人形でした。
見た瞬間、思わず「安堵の涙」を流してしまった主人公。
購入した「彼女」に「アリア」と名付け、毎日話しかけるようになります。
そしてある時、「あなたは私のこと、好き?」と戯れに尋ねたところ、「アリア」から「うん」という返事が……。
人形への愛、人形からの愛。
人形と自分だけの世界に浸る主人公にとって、至福の状態。
このままこれが続けば……と読者としても願ってしまうのですが、そうはいかず。
どこまでも優しい、しかし息が詰まるような「アリア」とのやりとり、主人公の苦しみ。
そして凄艶な幕切れまで、読みごたえがありました。
ちなみに「浜いさを」氏は実在する人形作家さんとのことです。
ウェブで検索すれば、どんな人形か見られるかな?
とも思いましたが、本作の「アリア」の描写は、とても繊細で緊密。
この文章で想像をふくらませているだけで今のところ満足してしまい、まだ検索しておりません。

「おいしいおいしい全て焼き」日比野心労

ショートショートコンテスト優秀作。
この作者さん、ペンネームからして面白いです。
「日々の心労」……?
毎日お疲れ様です、と思わず声をかけたくなっちゃいますね。
そしてタイトルの「全て焼き」とは何なのか。
アレです。地域によって呼び方が異なっているアレ。
大判焼き、回転焼き、今川焼き、二重焼き……
(私の住む地域では「回転焼き」がメジャーですが、チェーン店「御座候」もよく見かけます)
会社を早期退職した父親が「天下を統一するんだ」と言い出した。
いったいどうやって、といえば「全て焼き」を屋台で売る、という。
アレに似て非なる唯一無二の食べ物、「全て焼き」。
大学生の「俺」はしかたなしに父の作ったそれを食べ続けていましたが、ある日、それまでとは全く異なるおいしさの「全て焼き」が登場。
父いわく、北海道で出会ったある人物からコツを教わったとのこと。
だがこの人物、「ジョルジュ八木」と名乗る「胡散臭さレベル99くらい」のあやしい男。
さんざんタダ飯タダ酒を食らったあげく、父親が移動販売を始めたその日に謎の捨て台詞を残して去ってしまいます。
こんな商売上手くいくわけない、と思っていたのに、「全て焼き」はそのおいしさで瞬く間に日本を席巻。
主人公も否応なくその流れに巻き込まれていき……。
軽快な文章と勢いの良い展開、コミカルな雰囲気がとても楽しい。
このままラストまで突っ走るのか、と思いきや。
やはり「幻想と怪奇」のコンテスト入賞作品ですね。
お約束と言えばお約束、なのかもしれない、ダークなオチがきっちりついてきます。

以上になります。
すべての作品について感想は書けませんでしたが、どれも面白かった。
作品の掲載順についても意が凝らしてあって(前の作品と響き合う部分があったり、似た小道具を使っていても展開が異なっていたり)、一冊まるごと楽しめました。
来年もまた、ショートショート・カーニヴァルが開催されることを心より祈ります。
(了)



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