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読書日記2024年1月 川野芽生『Blue』など

あっという間に2月も半ばですね。
1月に読んだ本の中から、印象に残ったものについて書いていきます。
怪奇幻想趣味が多めですが、ジャンルはいろいろです。

取り上げる本は下記のとおり。
『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/新潮社)
『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン、山田和子・訳/早川書房)
『紺青のわかれ』(塚本邦雄/河出文庫)
『黄金蝶を追って』(相川英輔/竹書房文庫)
『Blue』(川野芽生/集英社)

『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/新潮社)

確かに最高の主人公!

年末年始の休みに読んだ中では一番の面白さでした。
舞台は滋賀県大津市膳所。
わたくし、現在は大阪住まいですが、実家は大津市で、通った高校は成瀬と同じところ。
なので、描かれている情景に「ああー、なつかしい!」の連続。
元・地元民として「わかる、わかる」というネタが満載で楽しめました。
最初のほうに書かれている「西武や平和堂や西川貴教に対する滋賀県民特有の情熱」というあたりから笑ってしまいます。

逆に、これほどローカルな舞台設定なのに全国的にヒットしている、というのが不思議な感じさえしました。
それだけ成瀬というキャラクターの造形や、文章のセンス、ストーリー運びが優れているということだろうな、と思います。
成瀬はちょっと変わり者だ(と見られることが多い)けれど、とても可愛くて素敵な人物。
現在、続編の『成瀬は信じた道を行く』が発売されていて、こちらも読むのが楽しみです。

『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(アマル・エル=モフタール&マックス・グラッドストーン、山田和子・訳/早川書房)

赤と青がセンスの良い表紙

これは結構長いこと積んでいた本。
確か書評を見て面白そう、と思って買ったはず。
しかし時間が経ちすぎて、どのあたりが面白そうと思ったのか忘れてしまい(よくあります…)、「海外のSFってそんなに得意じゃないんだけど、何で買ったんだっけな?」などと思いつつ、読み始めました。
読み始めたら、これが面白い。
(ハードなSFは苦手なのですが、ややこしい未来技術とかを理解しながら読む必要はないお話でした)

時間戦争を戦う二つの勢力《エージェンシー》と《ガーデン》に属する工作員、レッドとブルーの物語。
工作員たちは時間をさかのぼり、またいくつもの平行世界を横断しながら戦っています。
そんな中、二人は文通を始めるようになり、お互いを良きライバルと認め合うようになってゆく。

この手紙のやりとりが、読みごたえがあります。
最初は相手を挑発したり愚弄したりするような内容だったのが、しだいに敵意よりも敬意、好意のほうがまさっていくのです。
手紙の文章も洒落ていて、さまざまな古典からの引用、詩のように韻を踏む表現などが散りばめられており、原文で読める方ならもっと楽しめるのでは。
日本語に訳すのは大変だったろうと思いますが、訳者さんがとても優れたお仕事をなさっていて、流れるように読むことができました。
(あとで気づいたのですが、アンナ・カヴァンの『氷』などを訳されている方でした。どうりで美しい文章!)

手紙の冒頭、レッドとブルーがお互いに呼びかける言葉も素敵。
レッドからブルーへ「ディアレスト・ラピス」、ブルーからレッドへは「船乗りの歓びへ(夕焼けの赤い空の意)」など。
ときめきますね……そう、自分がなぜこの本を読みたいと思ったのか、思い出しました。
二人の女性が、徐々に心を通い合わせていく様子を読みたかったのだ。
お互いの過去を語り、相手に寄せる思いを語り、やがてこの時間戦争に疑問を抱くようになってゆく二人。
そして最後には思いがけない結末が待っており「あなたたちは……」というタイトルの意味に「なるほど!」と膝を打ちました。

『紺青のわかれ』(塚本邦雄/河出文庫)

今生のわかれ、と掛詞なんですね

塚本邦雄先生の小説は磨き抜かれた美文で、読んでいるだけで恍惚となる素晴らしさなのですが、内容は結構重たい。
こちら、短編集なので比較的読みやすいかな……と思い出したが、全然そんなことはなかった。
一編一編が濃厚、幻想と耽美と人間の愛憎がたっぷり詰め込まれています。
タイトルからして凝っているんですよね。

 蘭
 月蝕
 秋鶯囀
 冥府燦爛
 聖父哀傷図
 紺青のわかれ
 見よ眠れる船を
 与那国蚕は秋の贐
 父さん鵞鳥嬉遊曲集
 朝顔に我は飯食ふ男哉

という具合に一文字ずつ増えていくという、見た目の美しさでも楽しませてくれる仕掛け。
お話のほうもミステリ的な仕掛けが施された作品が多く、謎解きも楽しめます。
ほとんどすべての作品で男色(BLとか男同士の愛といった軽い言葉では表せない……男色、が一番ふさわしく思えます)が主題となっており、男たちの愛は激しくも儚く、切ない。
そしてそれを取り巻く女たちの残酷さとしたたかさ、これがまたすさまじい。
塚本先生、女性が嫌いなの……?と思ってしまうくらいですが(笑)、彼女たちの存在があってこそ、男たちの愛がいっそうきらびやかに輝いて見えるのでしょう。
万人にはおすすめしませんが、現実に立脚しつつもこの世ならぬ世界を顕現させてくれる希有な一冊。
男色がお嫌いでない方はぜひにお試しを。

『黄金蝶を追って』(相川英輔/竹書房文庫)

竹書房文庫といえば実話怪談と思っていましたが

こちらは月イチで参加している読書会の課題本。
短編集なので読書会では収録作のうち「黄金蝶を追って」と「星は沈まない」の二作が取り上げられました。
その二作も面白かったのですが、私が一番好きだったのは『日曜日の翌日はいつも』
主人公の大学生・宏史が、日曜日の翌日に目を覚ますと、月曜日ではない別の一日に迷い込んでいた……というお話。
自分以外には人間や生き物が一切存在しない、というだけで、世界そのものは変わらずにそこにあります。
(ただし電気などは使えない。発電所を管理する人間がいないからでしょうか?)
その一日が過ぎると、普通に月曜日がやってくる。
最初はこの不思議な一日に戸惑っていた宏史ですが、これを奇貨ととらえ、水泳の練習に打ち込み、タイムを上げていきます。
しかしもちろん良いことばかりではなく、やがて……。
同じ水泳部のマネージャー・谷川との交流も描かれ、青春小説としての趣も楽しめました。
恒川光太郎の『秋の牢獄』(同じ一日に閉じ込められてしまう人々を描いた作品)を思い起こさせるところもありますが、あちらは同じ一日をともにする仲間が結構たくさんいました。
たった一人で誰もいない世界に放り出される、というのは一度くらいならやってみたいけれど、それが毎週続くとなると……怖ろしいものですね。

ほかの作品も日常の世界にひそやかに忍び込んだ幻想を描いており、とても好みの短編集でした。

『Blue』(川野芽生/集英社)

芥川賞候補作だからではなく、読んでほしい

川野芽生さんは大好きな作家さん。刊行された本は全部読んでいます。
書いておられるのは主に幻想文学と呼ばれるジャンルなので、まさか芥川賞候補になるとは思っていませんでした。
(残念ながら受賞ならずでしたが)
今回の作品には幻想要素はなく、今の世に生きる若者たちの姿を真摯に描いたものでした。

舞台は、とある女子高校の演劇部。
アンデルセンの『人魚姫』をもとにしたオリジナルの脚本による劇、『姫と人魚姫』を上演することになります。
主役の人魚姫を演じるのは、戸籍上は男性(名前は正雄)だけれど、女の子として生活している真砂(まさご)。
生まれた時の性別とは違う性で生きようとしている自分と、人魚から人間へと転身した人魚姫を重ね合わせ、性別やジェンダー、世間から自分へ向けられる目、といったものを考える真砂。

また、真砂以外の演劇部員たちも、それぞれの背景を抱えています。
彼女たちの一人称からして、「わし」「僕」「俺」などで、しゃべり方もいわゆる「女の子」らしくないキャラが多い。
自分の性別に違和感があるわけではないけれど、胸が大きくなることに違和感を覚えたり、女友達に好意を抱いたり、実兄への深い思慕を持っていたり。
単純に「男性と女性」という枠はもちろん、「LGBTQ」という枠にさえも単純にくくることができない、それぞれの悩みや存在のあり方が示されています。
それが決して読みづらくなく、読んでいくうちに、ああなるほど……と思わされていくところが、さすがの筆力。
合間合間に挟まれる『姫と人魚姫』の文章も典雅で美しく、この部分だけ独立した小説として読みたい!と思ってしまいました。

しかしそんな真砂ですが、大学に入ってからは「女の子として生きようとすること」をやめてしまいます。
その理由として語られる内容が切ない。
生まれ持った性別とは違う性別で生きようとすることの苦しみ、さらに大切な人のために生きるとは、どういうことか。
わかりやすい答えの見つからない問題について、深く思索しながら綴られた作品でした。

後半、ちょっと急ぎ足かな?と思われる部分があったのは少し残念でしたが、全体の価値は損なわれていません。
幻想文学以外のジャンルでも才能を発揮されている川野さん、これからますます目が離せないなと思いました。

1月の読書日記は以上です。
それではまた。
(了)




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