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【書評#15】当事者性の嘘/市川沙央『ハンチバック』

障害者は健常者ではない人ーーではない。健常な人間など存在しないし、老いて人はいつか障害者になる。障害とは、"社会参画の著しい困難な状態"であって、人間そのものを表す言葉ではない。

さらに言えば、"社会参画の著しい困難"さえもそれかその当人にとっては"当たり前"なのである。目が見えない人が目が見えるようになりたいとは限らない。車椅子のクララも、立つ必要がなかったかもしれない。つまり「健常者成人男性モデル」で作られた社会が、障害のある人を障害のあるままでいさせないという構造があるのだ…

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というような前提に立って、当事者性を持っているような顔をして、社会を、障害のある人の世界を分かった"つもり"になっている。障害の有無に関わらずみなが自分らしく幸せに生きられる社会の実現をなどと、容易く言うなと胸ぐらをつかまれるような読書体験であった。障害者の性、生から考える"人間"が、今まで描けていなかった部分を炙り出しており、作者のリアルな"当事者性"が作品の根幹を成している。

私たちはどこまでいっても自分以外は他者である。どんなに誰かに近づこうとしても、当事者性を持とうと努めたところで、そこには大きな壁なり溝が二人を待ち受ける。まずその分かり合えなさそのものや、そこから表出する圧倒的な絶望感を味わうことが、他者理解、人間を知ることの始まりなのかもしれない。分かったつもりが一番恐ろしい。自身の当事者性を疑うためにも、ぜひご一読あれ。

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