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「花屋日記」16. この子の家族になってください。

 観葉植物がダメになってしまう理由のほとんどは「水のやりすぎ」なのだそうだ。土がカラカラに乾いた状態まで待ってから、次の水やりをするようにしないとたいていの根っこは腐ってしまう。水は土全体に行き渡るようにたっぷり与えて、受け皿に水が溜まらないように気をつける。それがとにかく基本的な世話のやり方だということだった。

 店では、葉っぱの気孔が埃で塞がらないように霧吹きで濡らす作業も必要になった(なんせ商業施設の中はやたら埃っぽいのである)。最後に専用のスプレーをかけるとツヤが出て、緑色が綺麗に映える。葉っぱが下を向いたり、色が変わって萎びてきたりするのは、彼らからのSOSのサイン。だが落葉は季節によっても起こることなので必ずしも悪い原因があるとは限らず、その辺りの見極めがなんとも難しかった。

 だがそうやって日々メンテナンスをしていると、コツもつかめてくる上に、少しずつ愛着がわいてくる。手のかかる品種もあるが、それも生き物と関わる喜びのひとつだ。日光を求めて首を傾げたり、朝と夜で異なる表情を見せたりと、彼らが毎日「生きて」いるのが、近くで見ているとよく分かった。あのおじさんのアドバイスはきっとこういう意味だったのだろう。

「手入れが面倒くさいから早く売れてほしい」
という気持ちはいつの間にか
「はやくこの子たちに素敵な家族が見つかりますように」
という純粋な思いに変わっていった。

ある日、
「新居用に観葉植物がほしくなって、初めてお花屋さんに来てみたんです」
という男性のお客様がいらっしゃったので、お部屋の環境などを伺いながら
「この子は太陽が好きなので、できるだけ窓際などに置いてあげてください」
「こっちの子は夜になるとウトウトして葉を閉じて寝ちゃいます」
などいくつかの鉢物をご案内した。するとその方が笑って
「お姉さんにとって植物は子どもなんですね。『この子』って呼ぶの、初めて聞きましたよ」
とおっしゃった。私は一瞬、ポカンとしてから
「それは、やはりそれぞれに個性があるので、お客様と一番相性の良さそうな子をご紹介できればと思うんです…」
と、動揺しながら答えた。
 サボテンも枯らす女が、いつの間にこんなふうになったんだろう? 過去の私が見たらびっくりするに違いない。

 モンステラの鉢を嬉しそうに抱えて帰られる男性をお見送りしながら、私は一つ「罪滅ぼし」ができた気がした。あのかわいそうなエアプランツの最期に対して。そしてそんな自分にほとほと嫌気がさした私自身に対しても。

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