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「花屋日記」25. ここは恋愛多発地域か。

 これはどこの業種でもあることかもしれないが、実は花業界でも、仕入れ先や宅配担当の人たちとの間で頻繁に恋が生まれたりしている。
「あの宅配のお兄さんはいつも感じいいよね」
と軽い気持ちで後輩スタッフに話しかけたら
「…すみません私、実はあの人と付き合っているんです」
「えっ、いつから!?」
「先月、こっそり『お姉さんは彼氏いるんですか?』と聞かれて『いないんです』って言ったら、連絡先を渡されまして…」
なんてことが裏で起こっていたりするのだ。なんせこちらのスタッフも女性ばかりだし、接客をしているから基本的に話しやすい人材が揃っている。男性側からしてもアプローチしやすいのだろう。
 とはいえ私自身は30代で、本来なら店長クラスの年齢である。もうそういうのは自分には関係ないと思っていた。

 ところがある日、こんなことが起こった。男性のお客様が店頭で、注意深く一つ一つの花の角度を見ておられたので
「生け花の花材ですか? あちらにスプレーマム(枝状に数輪咲かせる菊)もございますよ」
とお声がけすると
「いえ、違うんです。絵のモチーフになる花を探していて…」
と言葉少なにおっしゃった。そう言われてみれば、画家っぽい、物静かで内向的なタイプの方だった。
「水彩ですか?」
「いや、ペン画です」
「じゃあ繊細な花の方がいいでしょうか」
 そんなことを言いながら、私たちは一番「フォトジェニックな表情」をした花を探し出した。そしてお買い上げになられた花をお包みしながら、私は軽い気持ちでこんなことを言ってしまった。
「近くの絵画教室の方も定期的に花を購入してくださるんですよ。みなさん素敵な作品に仕上げてくださるので私たちも嬉しくて。お客様ももしよかったら、今度完成した絵を見せてくださいね」
 その時、その方がちょっと怯んだのを感じた。「あ、しまった。なんか失敗した」と私が思った瞬間、彼は顔を真っ赤にしながらお財布の中から名刺を一枚取り出してこう言われた。
「よかったら、このサイトにいくつか作品が載っているので…」
「あ、ありがとうございます」
 そこにはお名前とサイトのURL、メールアドレスが記載されていた。
「シノダ様とおっしゃるのですね。またお待ちしておりますね」
と私はいつものように笑顔で見送った。後から思えば、それを受け取ってしまったことがすべての間違いだったのかもしれない

 その後、その方は何度か絵のための切り花をお求めに来られ、その度に絵を見せてくださり、私は嬉しくそれを拝見した。そして4度目についにこう言われたのだった。
「俺、あなたのことが好きになりました」

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