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【小説】ツツンデ・ヒライテ

   そろそろ客が引く時間帯だ。

   商品を取り揃えながら、今泉マナカはそっと横を向いて壁の時計を盗み見た。
   放課後の暇つぶしの為に…と軽い気持ちで始めたアルバイトだったが、時間と曜日で人の流れを予測できるくらいには成長したと思う。

   この後は閉店に向けた作業と接客の同時進行が待っているので、スキマ時間は1分でも有効活用しなければならない。それによってクロージング担当スタッフたちの帰宅時間がかなり変わってしまうのだから…。

   レシート片手にトレイの上の商品を一つひとつチェックする。和風トリプルバーガー、ポテトMサイズ、烏龍茶…。

   そして「お待たせいたしました」と言いながらサラリーマン風の男性にトレイを渡した。中央に置いた存在感のあるハンバーガーは厨房にいる荒川ヒロキが作ったものだ。それは商品名のロゴがきちんと中央に位置してあり、キレイな丸型に包まれていた。

   バーガーのラッピングで作り手の性格がある程度分かる…というのがマナカの持論。
   ピーク時になると数をこなす為に作業が雑になりがちなスタッフがいる中、ヒロキが作ったハンバーガーはいつでも形が安定している。勿論ロゴが見える表側だけでなく、裏の部分もキチンと折り込まれているのも確認済みだ。

   彼が作ったハンバーガーであれば、他の商品に埋もれていたとしても見つけられる自信がマナカにはあった。

   マナカは次の仕事を探すふりをして厨房の方に身体を向け、不自然にならないように視線を動かす。そしてヒロキの姿を数秒間だけ捉えた。

   その瞬間だけマナカの瞳はカメラのシャッターに変わる。彼の横顔を脳裏に焼き付けるためだけのカメラに…。

    4歳年上である彼への恋心はとっくに自覚していた。しかしこの恋は気がついた瞬間から失恋ルートまっしぐら…。理由は簡単、ヒロキには同じ大学に2年ほど付き合っている彼女がいるからだ。

   以前、ヒロキと彼女が客として店を訪れたことがあり、その時にカウンターを担当したのは他でもないマナカだった。

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

『彼女』はセミロングウェーブが似合っている綺麗で知的な女性だった。

   休憩室でマナカと会話をするヒロキは、高校生の自分にさりげなく話を合わせてくれるが、きっとこの彼女とは年相応な会話をしているのだろう…。

   心がヒリヒリした。

                              ☆

   接客と片付けに終われながら、あっという間に時間が過ぎる。今日はヒロキがマナカより1時間早く仕事アップする日だ。「お先に失礼しまーす」の声と共に彼の姿が店から消えて行く…。

「ねぇ、今泉さん」

   トレイを拭いていたマナカに店長が話しかけてきた。

「友達でさ、誰かバイト探している子いない?」

 「えー?ウチのお店、そんなに人が足りていませんでしたっけ?」

 「実はね、荒川君が今月いっぱいで辞めることになったんだ。だからさ…」

  「!?」

                                    ☆

   気持ちがようやく落ち着いたのはアップする頃だった。

   あの後、店長とどんなやり取りをして、どんな風に仕事をこなしていたのかほとんど覚えていない。

   そしてあの時の心の痛みとは『質』が違う…。

   「チーズバーガーのピクルスを抜いてほしい」マナカに伝えたヒロキの彼女。それに対して「今泉さーん、そのピクルスを俺のフィッシュバーガーに入れて」なんて冗談を言ったヒロキ。そんな細かいことまでしっかり記憶に残っているのに…。

    泣くな私。家に帰るまで頑張れ…マナカはそう言い聞かせながら、休憩室のドアノブに手をかけた。

 「おっ‼️ 今泉さん、お疲れ」

   誰もいないと思っていた休憩室に人がいたただけで驚きなのに、それがヒロキだと分かった時の心の衝撃といったら…。

 「おおおおお疲れさまです‼️」

 「どうした?そんなにびっくりして」

 「誰も…いないと思った…から」

 「あ、もうこんな時間か…つい夢中になっちゃったよ」

   読みかけの分厚い本を閉じて、ヒロキは立ち上がった。
  「あの! 荒川さん!!」

  「何?」

 「…本当にアルバイト辞めちゃうんですか?」

「あ、店長から聞いたんだ? うん、本当は3年生の終わりまで続けようと思ったんだけど、最近課題が忙しすぎて」

「寂しいです。だって…」

   バイト仲間としておかしくない程度の会話を成立させる為、マナカは頭の中で次の言葉を絶賛仕分け中だった

  「…だって、荒川さんの作った芸術品級のバーガーをもう見ることができないんだもの」

   「何だそれ? 今泉さんは大げさだなー」

    ククク…と笑う大好きな人の顔を見た途端、マナの気持ちはついついヒートアップしてしまい口が勝手に動いてしまった。

  「お、大げさなんかじゃありません! ハンバーガーのラップなんてただの『包み紙』って思う人がいるかもしれませんが、お客さんが最初に見るのはラッピングされたモノです。キレイに包んであれば『開くワクワク』が大きくなります!! 私は好きです!!!!…そのぉ、荒川さんの作ったハンバーガーが」

   しばしの沈黙…

   流れを戻したのはヒロキからだった。

  「そっか…今泉さんはそんなに好きなのか」

  「………はい」

  「泣いてしまうほど?」

    いつの間にか自分は涙を流していた。

 「はい、好きです。大好きです」

   完全にバレた。いや、頭のいいヒロキのことだ。とっくの昔にマナカの気持ちに気づいていた可能性だってある。そんな彼はマナカの頭を優しくポンポンと叩いた。

「俺が辞める前に店に来なよ。今泉さんの為にサイコーのエッグバーガーを作ってやるから。勿論ピクルス増しで」

   自分がプライベートでちょくちょくオーダーしている商品名をさらっと口にするヒロキ。そしてマナカは涙でぐしゃぐしゃの顔を彼に向け、精一杯のスマイルを作った。

   「はい!! ピクルスは2枚とも大きいやつにしてくださいね!!!」

   次のオフにはお客として店に行こう。ヒロキのシフトはとっくに確認済みだ。

    大きなピクルスが2枚入ったエッグバーガーはすっぱい失恋の味がするに違いない。

<END>

   最後まで読んで頂いてありがとうございました。別垢で続編を書いておりますので、よろしければ遊びに来てくださいm(_ _)m↓


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