【連載小説】シルバー・ウイング《4》
⭐前回までのお話です↓
⭐第1話はコチラ(よろしければ)↓
⭐そして登場人物たちの相関図です↓
戦士たるもの
常に冷静であれ
もしも遠い未来に僅かな希望が見えるなら
目の前の私情に動揺することなかれ
そして…
小柄な女性でありながら、シルバーウイングきっての凄腕戦士であるティコ。彼女の脳内から、その教えが完全に消え去ったのは、『あの時』が初めてだった。
それも、自分に戦士としての命を叩き込んでくれた相手に対して……。
「テラ様、嫌です! ボクは嫌です! 一人で逃げるようなマネなど自分はしたくありませんっ!!」
君主であり、尊敬する師でもあるテラから「自分には人間界に血を分けた子供がいる」という秘密を告げられ、「その子を探しに人間界へ行ってくれないだろうか?」と打診された直後にティコは我を忘れた。
「ティコ……」
「『あの裏切り者』と戦おうとしている貴方を、ここに残していけるとでも!?」
ティコは分かっている。腹を決めたテラの心に、自分の言葉はもう届かないということを……。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「ボクも一緒にアイツと戦います!! テラ様のことはボクが守ります!!」
彼の心の扉が1ミリでも開くならば、この声が潰れたって構わないと思いながら……。
「…………」
「こんな腕のケガ、自分はどうってことありません! そして貴方の為なら両腕だって……いや、この命だって喜んで投げ出します!!」
「…………」
テラは言葉の代わりに、優しさと哀しさが入り交じったような瞳でティコを見つめた。
「だからこのままボクを貴方のお側に置いて下さい!!」
「…………」
「……テラ様、ひょっとして今の自分は足手まといなのですか?」
「……ティコ」
テラがようやく口を開いた。
「は、はい!!」
「『戦士たるもの……』の続きは?」
「えっ?」
会話が想定外の方向へと流れてしまい、ティコは思わず目を丸くする。
「だから『戦士たるもの……』の続き」
「は、はい、『常に冷静であれ』です!」
ティコは反射的に背筋を伸ばし、まるで敬礼をしているかのような声色を部屋中に響かせた。
テラは更に続ける……。
「『もしも遠い未来に』?」
「わ、『僅かな希望が見えるなら』」
「『目の前の私情に』……?」
「『動揺……することなかれ』」
「『そして』……?」
「…………」
その接続詞が合図であるかのようにティコは両方の瞼をキツく閉じた。その苦悶に満ちた表情は、次に続く言葉を拒否したいという気持ちがハッキリと表れている。
「……ティコ?」
「…………『そして、その私情は速やかに非情に変えよ』」
ティコはとうとう観念した。そして恐る恐る瞳の光を復活させると、そこには満面の笑みを浮かべたテラがいた。
「はい、よくできました」
テラは目が合ったティコの頭に手を伸ばし、ポンポンと優しく頭を叩く。
そんな彼の口調は、まるで歳の離れた兄のようだ。本来であれば完全なる主従関係でしかない2人だが、テラは任務外の彼女に対して、いつもこんな風に接していた。
「……テラ様」
「……ま、こんなこと言っている俺も、若い頃はこんな教え無視して、色々やらかしたけどな。だから人間界に俺の子供がいるワケだし……」
いたずらっぽくテラは笑う……。
「………」
ティコはそんな彼の表情を、瞳に焼き付けるかのように見つめていた。
「行ってくれるよな? ティコは足手まといなんかじゃない。そう……お前は俺の『希望』だ」
「『希望』……」
この非常事態下において、その言葉は反則だ。そんなことを言われたら、彼の願いを聞き届けないワケにはいかないだろう。
ティコの頬で涙が線を描く。
自分は戦士……だからここで『私情』を終わらせなければいけないのだ。
城を飛び出したティコは、全速力で森の中を疾走していた。
本当は己の翼で飛行した方が、時間もエネルギーも節約できるのだが、敵に見つかるリスクは圧倒的に高い。だから彼女は翼を閉じて、このまま隠れるようにしながら移動することを選んだ。
そして目指すは『ルナ』!!
国の外れに位置する広大な湖は、湖水ではなく月光が張られていることから、シルバーウイングたちは、この場所を『ルナ』と呼んでいる。
この『ルナ』は、夜の人間界へと繋がっていて、新月以外であれば、シルバーウイングたちは自由な行き来が可能だ。ティコも『悪夢狩り』をしていた修行時代に、何度もここを訪れていた。
(『ルナ』か……かなり久しぶりだな)
テラがタスクに我が子の存在を教えていなかったことは、不幸中の幸いだとティコは思っている。
裏切り者である元上司は、かなり用心深い性格の持ち主だ。彼がこの事実を知っていたら、『ルナ』の周辺は即座に封鎖されたはず……。
(……いや、ヤツのことだから、とっくの昔に人間界へと刺客を送りこんでいたかな?)
それにしても……とティコは思う。
そんな用心深いタスクが、どうして自分を殺さなかったのか? 悔しいが2人の実力差は歴然……あの時に殺ろうと思えば簡単にできた。
可愛がっている部下の負傷した姿をテラへ見せつける為!? 確かにその精神的ダメージは半端ないことだろう。
だけど……
他にも何か裏がありそうな気がして仕方がない。
(……今は深く考えるのはよそう。ボクはただ前へ進むだけだ)
ティコは首を横に振りながら森の中を走る。しかし考え事に気を取られ過ぎたのか、敵の気配を察知しきれず、うっかり自分の足音を相手に聞かれてしまった。
(しまったっ!!)
黒い羽を持つ敵『ブラッド・ウイング』が自分の前に立ちはだかる。
それも3人。伝わってくる雰囲気だけで分かる。コイツらは戦士だと……。
「…………」
考えが甘かった。今の時点で国内に出没しているであろう『ブラッド』は、せいぜい諜報員レベルかと思っていたのに……。
実行のスピードが早すぎる。元上司の頭の中で進んでいる計画は、一体どの辺りまで実現化されているのだろうか。
ティコは悔しさのあまり、唇を思い切り噛んだ。そして今、城内でタスクと戦っているであろうテラを思う。
(テラ様っ!!)
「おい、兄貴…コイツ」
「あぁ間違いねぇ、噂の女戦士だ。確かにチビだなぁ。お前、子供かよっ!?」
3人の『ブラッド』はティコを見下ろしゲラゲラと笑う。
舌打ちをするティコ。
「タスク様は『デカイ方のシルバーは見つけ次第すぐに殺せ』と言っていたけど、『ちびっこは泳がせるも殺すも自由』って言ってたな。どうする兄貴?」
「『殺る』一択に決まってるだろ? デカイ方を殺す為の予行演習だ!!」
(『デカイ方』? それってカイのことか!?)
ティコは無意識に顔をひきつらせた。そして思い切り声を張り上げる。
「おいっ! 何でボクがカイなんかの予行演習台にならなくちゃいけねーんだ!? そもそもボクがお前らに殺られる前提で話を進めるんじゃねぇ!!」
ブチキレたティコは翼を元に戻すと、素早く羽を剣に変え、ブラッドたちに向かって剣先を突きつけた。
「ケガをしているクセに威勢がいいな。チビ」
「はっ? こんなケガ……大したことないけど? 生憎、利き手は無事なんでね? お前らは、ボクの右腕を切らなかったタスクのヤローを恨みながら死ねや」
「…………」
嘘だ。本当は風に当たっただけでも傷口が痛い。それに加えてティコは左利きだった。
しかしこんな情報を与えてしまえば、敵の心に『精神的余裕』という名のプラスアルファが乱入し、かなりの割合で勝率を持っていかれてしまう。ここは何がなんでもハッタリをかまし続けるしかないのだ。
(…戦士たるもの 常に冷静であれ)
『同格以上の敵と相討ちで死ねるなら本望』。ティコは常々そう思っていた。ただし、それは普段の戦いであれば……の話だ。テラから『希望』を託された今、自分はこんなところで死ぬわけにはいかない。
相手への威嚇と己への鼓舞。……今浮かべている不敵な笑みは、その2つの役割を兼ねていた。
「どっからでもかかってこいやっ!!」
3人の『ブラッド』たちが、ティコに向かって一斉に襲い掛かってくる。
(チャンスは1回……一振りで3人まとめて切り殺すっ!!)
そんな思いを剣に込め、思い切り右手を振り上げるティコ……。
しかしその瞬間、大きな羽音が背後から彼女の耳に殴り込んできた。そして『何か』が自分の横を超高速で通過する。
「えっ!?」
その直後、ティコの目の前で3人の敵の首が吹っ飛んだ。
「フン……間に合ったようだな」
両手に剣を持った白い翼の青年が、吐き捨てるように呟く。
「カイ!?」
『カイ』と呼ばれたシルバー・ウイングの青年は、上半身をねじると、彫刻のように整った顔をティコへと向けた。そして先程の独り言と同じテンションを引きずりながら、ティコに冷たく言い放つ……。
「微妙に腰が引けていたぞ。だらしねーな」
『対ブラッド第2部隊リーダー』であるカイ。彼とティコは、若手戦士のツートップと言われており、周りからの注目度が高い。
ただし、この2人が犬猿の仲だということも、同じくらい知れ渡っているのだが……。
いや、『犬猿』というよりは、何かにつけて食って掛かるティコを、カイが冷たくあしらう……の方が正しいだろう。この2人のやりとりは、シルバー・ウイング戦士たちのちょっとした名物になっていた。
以前、ティコはカイに勝負を挑んだことがある。それは彼以外の若手戦士を全員負かした後だった。
しかし……、
「オレは女と子供に刃を向ける趣味はない。両方の条件が揃っているオマエなら尚更だよ」
この言葉に、当時から成人していたティコがキレないハズがないだろう。それ以来、彼女はカイのことが気にくわなくてしょうがない。
ティコが命の恩人であるカイを、仏頂面で見ているのは、そういう理由からだった。
「何だよその目は? もしかしてオレはオマエに『余計なことをしてスイマセン』と謝らなくてはいけないのか?」
「あぁ、そうだよ。あんな奴ら、ボク一人で充分だったのに」
「はいはい、そうですか。スミマセンスミマセン……」
気持ちが全くこもっていない言葉を、かったるそうに口にするカイに、ティコはイラつく。
「でっ!? オマエは何故こんな所をウロウロしているんだよ、カイ!?」
「テラ様に言われたんだよ。『ティコを無事にルナへ送り届けよ』ってな……」
「何だと!?」
「何が『何だと』だよ?」
ティコの表情が更に険しくなった。
「カイ!! オマエはボクが城を出た後にテラ様と会ったんだな!? 何故あの方を置いて、ここに来た!? ボクなんかを助けるくらいなら、そのまま城に残って、テラ様と一緒に戦えば良かっただろ!?」
身長差で実現は不可能だが、ティコはカイの胸ぐらを掴んでいる気持ちで怒鳴った。しかしカイも負けてはいない。
「そんな簡単なことが分からないのか!? 俺たちはただの戦士! だからテラ様の命令は絶対なんだよ!!」
「…………」
「おそらくオマエは、テラ様から『人間界へ行け』と言われて、ピーピー泣いたんだろうな? そんな中途半端な感情でシルバー・ウイングの戦士が務まるとでも思っているのか!?」
「…………」
悔しい……。カイの言葉は何一つ間違っていない。それが本当に悔しい。
ティコは必死に涙をこらえた。
またカイに何か言われると思いながら……。
「ティコ」
「何だよ?」
カイは自分の服を破り、一枚の布切れを作った。
「座れ、傷口を縛り直してやる。利き手は大事にしろ」
「…………」
即席の包帯をティコの腕に巻きつけながら、カイは彼女の傷を確認する。
「今の月齢は『25.3』か……。おそらくルナの光だけでは治しきれないだろうな」
『ルナ』の月光には、シルバー・ウイングたちの心身を癒やす効果が備わっている。それは満月に近づけば近づくほどパワーが増していくのだ。
「パワーがゼロよりはマシだろ?」
「とりあえず薬草は塗っておいたが、この傷にはただの気休めだろうな。オマエは人間界に着いても、すぐに行動はするな。しばらくは毎晩月光を浴びて体力を回復しろ。その間、人間界の重力にも慣れておけ。『悪夢狩り』の時とは勝手が違うハズだ。まあ、人間界で『ブラッド』に遭遇する確率は、今のところ低いと思うが……」
「……『思うが』?」
「……何だか、嫌な予感がする」
「カイ、オマエはボクの親かよ?」
「それから、テラ様のことだが……」
「何だよ?」
「テラ様が、オレたちの加勢を拒んだのは、『希望を分散した』という理由もあるが、それ以上に、『タスクはかつての親友だから、自分一人で決着をつけよう』と思ったのかもしれない。それは私情ではなく、けじめなのだとオレは思う」
「…………」
「ティコ」
「んっ?」
「今度……剣の相手をしてやってもいいぞ」
「本当か!?」
その時だ……。
2人の耳に声が飛び込んできた。
いや、耳ではなく、『心に』というべきか。
ずっと側で聞いていた声が2人に『さようなら』と告げる。
そして、その言葉が終わるやいなや、国を取り巻いていた一つの偉大な『気』が消滅したのを2人は感じた。
「テ、テラ様」
「…………」
自分の心臓が2つに割れたような感覚をおぼえたティコ。きっと青ざめているカイも同じだろう。
しかし、ティコはこの現実を言葉に変えることをやめた。少なくとも今だけは未来の話をしようと思う。
テラの為にも……。
「カイ」
「何だよ?」
「オマエとの勝負、楽しみにしているぞ」
「フン、手加減はしねーからな」
2人は分かっている。長い戦いが始まろうとしている今、この約束は簡単に実現することができないということを。
だからこそ!!
『平和な国を取り戻す』という意味を込めて、2人はこの約束を固く交わした。
自分は、テラの『希望』なのだから。
ティコと共に『ルナ』へたどり着き、彼女が月光に吸収されるのを、無事に見届けたカイ。今になって気疲れが全身を襲い、彼はそのまま、湖のほとりで倒れこんでしまった。
「…………」
そしてテラとの〈最後の〉やりとりを思い出す。
ティコに説教した身でありながら、実はカイもテラの前で思い切り取り乱していた。
「テラ様、嫌です! オレは嫌です! 一人で逃げるようなマネなど自分はしたくありません! あの『裏切り者』と戦おうとしている貴方を一人残して行けるとでも!? オレも一緒にアイツと戦います! テラ様のことはオレが守ります!!」
「オイオイ、デジャブ現象かよ? ちょっと前にも同じセリフを聞いたぞ。全く、ウチの若手ツートップは、意外と似た者同士だな」
ティコの護衛、そして生き残った戦士たちを水面下でまとめることをカイに託したテラは、苦笑いをしながらおどける。
「テラ様! こんな時に冗談は……」
と、カイは言いかけたが、この君主は『こんな時』ほど、こんな表情を見せる性格だったと思い出した。
それは目の前にいる相手を思って……のことなのだろう。だから彼は皆に慕われているのだ。まあ、一部の古い考えを持つ、お偉方は密かに反発していたが……。
特にティコの『テラ様崇拝』は半端なかった。アイツは今頃泣きながら『ルナ』へと向かっているのだろうか……。
「カイ!」
急にテラの表情が真剣になる。
「はっ!!」
「ティコを守れ! アイツは俺の『希望』。そしてオマエの……」
「……?」
「『惚れている女』だ」
「!?」
カイの顔に赤身が増した。
「カイ、守りたい女が同じ世界線にいることを幸せに思え」
「…………」
『ルナ』の光は、現在パワー不足ではあるが、この淡い輝きは嫌いではない。
そんなことを思っているカイは、まだ起き上がることが出来ず、うつ伏せ状態から仰向けになるのが、やっとだった。
そして空を見上げる。
「…………」
少々カタブツではあるが、強さと頭の良さ、そして容姿に恵まれたカイを熱い視線で見つめるシルバー・ウイングの女性の数は、戦士の中でダントツと言われている。
そんな自分が惚れているのは、あのティコだ。
最初の印象は、うるさい蝿と同レベルだったが、戦士としての努力を怠らない彼女を見ているうちに、己の心の変化に気がついた。
正直、この事実には自分でも驚いたのだから、ティコにバレたら、どんな顔をされるのか、想定不可能だ。
(ま、アイツはテラ様しか見えていないから、気づかれることはないだろうけどな)
しかしそのテラにバレていたとは……。
自分も彼を慕ってはいるが、ティコと違って、プライベートでも君主と戦士の距離は保っていた。こんなことなら、もう少しだけ『素』の彼に近付いて、フランクな会話をしておけば良かった……と思う。
そのテラは……もういない。
「テラ様! また会いましょう! 自分とティコのこの行動が、全部無駄骨になることを祈っています」
カイはこの城を去る直前にこの言葉を残し、テラはピースサインでそれに応えた。
それなのに!
(……テラ様)
カイの両目から涙が溢れる。こんなことでは戦士失格なのに……。
だけど今だけは泣かせて欲しい。この涙が枯れたら、テラの期待を越える働きをすると誓うから。
『ルナ』の光が、そんな彼の気持ちを慮っているかのように優しく輝いていた。
《5》に続きます。
初登場のカイ。彼のイメージは、こんなイラスト↓です。Nola様本当にありがとう💕
そして続きです↓諸事情で小説垢に移動しましたm(__)m