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【小説】シルバー・ウィング《3》ジャンププラス原作大賞エントリー作品 3839文字

 ティコという少女の出現に、卿は首を傾げていたが、夏芽は内心おびえていた。時々感じていた嫌な予感の答えが、ここにあるような気がしたからだ。

「なあ、お嬢ちゃん」

 夏芽の不安に気が付かない卿は、能天気な口調でティコの頭をポンポンと叩いた。

「はっ? 『お嬢ちゃん』?」

 ティコの口元がひきつる。

「何年生? 見たところ5年生か6年生かな? もしかしてお兄さんかお姉さんのラノベでも読んで影響されちゃった? その服も何となく異世界っぽいよね?」

 知らないとはいえ、小さな子をあやすような口調の卿に対し、ティコがキレないはずはない。

「失礼な!! こう見えてもボクは成人しているんだ。つまりお前より年上だ!! お前、テラさまの息子じゃなかったら、今頃ぶっ飛ばしていたぞ」

「成人? 俺には小学生の『ボクっ娘』にしか見えないんだけど。それにさっきからキミが言っている『テラ様』ってなんだよ?」

「こういうことだよ」

 ティコは自分の両腕を顔の前でクロスさせ、その直後、下に向かって勢いよく振り落とした。

 「!!??」

 卿と夏芽が驚いたのは無理もない。だってティコの両肩に大きな翼が現れたのだから。
 前日、一瞬だけ卿の『翼』を見た夏芽は泣きそうな顔になり、彼の腕を思い切り掴んだ。

「言っておくが、ボクは『天使』ではなく『夢魔』だからな。種族は『シルバー・ウイング』。人間が見る悪夢を浄化、粛清するのがボクたちの役目だ。そして『テラ様』はボクがもっとも尊敬する王の名前」

「俺がその『テラ様』の息子?」

「そうらしい。正直お前みたいなナヨナヨした奴だとは思わなかったけどな」

 そう言ってティコは、頭からつま先までを値踏みするような目つきで卿の姿を見た。

「少年、名前は?」

「卿……如月卿」

「卿か。……オイ卿、ボクがここに来た理由を今から伝える。ボクたちの国は……」

「へぇ~!! あのテラに息子ねぇ」

「!!??」

 どこからともなく聞こえてきた声にティコの顔が強ばる。

「誰だ!? そしてどこだ!? ボクの話を遮りやがって!!」

「ここだよ~」

 その声と共に、止血をしていたティコの布が勝手にほどける。そして再び開いた傷口から赤黒い血がひとしずく地面にこぼれ落ちた。

「痛っ!」

 たった1滴だけの血……。それなのにこの赤黒い液体はどんどん面積を広げ、やがて立体化して黒い翼の夢魔に変わった。

 「!?」

 自分の目の前で何が起きているのか理解できない卿と夏芽。そしてティコは傷口を押さえながら「……しまった」と呟いた。

「タスク様がタダでお前をテラの元へ返すワケがないだろう? あの方はお前の腕を切った時に、細胞化した俺を侵入させて、情報収集させていたんだよっ!」

「オイオイ、スパイならスパイらしく振る舞えよ! 敵の前でペラペラペラペラ喋りやがって!! まあ、裏切り者の『上司』の下で働いてるヤツなら仕方がないか」

 そう言ってティコは背中の羽を1本の剣に変えた。

「黙れ! ちび戦士が!!」

「ついでに言わせて貰うよ。ボクがスパイなら、敵の前でどや顔するよりも、速やかに『上司』へ報告するルートを選ぶね。プロ意識ないな、お前。そして可哀想に思うよ。相手がこのボクで」

 そして刃と刃がぶつかり合う!

 卿と夏芽は夢魔たちのやり取りを茫然と見つめていた。

 「卿! その子を連れて逃げろっ! 後でまたお前を探し出す」

「女の子を1人残して逃げるワケがないだろっ!」

「何度言わせるんだ!? ボクは大人! そして戦士!!」

『ブラッド』を攻撃しながらティコは器用に卿と会話をする。ただし人間界で戦うのは初めての彼女は、自分の国とは微妙に違う重力のせいで苦戦しているようだ。「畜生……なんか違う」と時々呟いている。

「それにケガをした子を放ってはおけないっ!!」

「正義感を発揮するタイミングは今じゃねーよ! 空気読め! お前はボクたちの最後の象徴なんだ!……あっ!!」

 ほんの少しだけ意識を逸らしてしまったティコ。その隙を『ブラッド』に気付かれてしまい、彼女は剣をふっ飛ばされてしまった。

「ちくしょう!」

 敵はティコの心臓がある位置に剣の先端を突き付ける。

「誰が『可哀想』だってぇ? 死ねやチビ! その後でテラの息子の命も頂戴する」

「雑魚がっ!……オイ、お前ら早く逃げろ!」

 『ブラッド』の剣がティコを刺し殺そうとした瞬間!!!!

「……えっ?」

 そこに卿の左足が割って入ってきた。

 そしてそのまま剣を空中に蹴り上げる。

「卿!!」

「クソがっ!!」

 落ちた剣を拾おうとする『ブラッド』に再び蹴りを入れ、動きを阻止させる卿。

「卿……やるなお前」

「『夏芽と結婚したいなら、強い男になれっ!』って源三郎さんに言われて、俺は空手と柔道と剣道の英才教育を小学生の頃からずっーーっと受けているんだよっ!」

 ちなみに結城源三郎は元警察官だ。

「礼を言ってやってもいいけど?」

「素直じゃないな。ほら、ティコいくぞ!」

「ああ!」

 夢魔と人間VS夢魔。全員武器を持たない肉弾戦が始まった。

「おりゃ!!」

 卿とティコが足を突き出す。不思議なことに息はピッタリだ。同時に『ブラッド』の腹部に命中させ、敵はそのまま崩れ落ちた。

「よしっ!」

 しかし相手も黙ってはいない。すぐに体勢を立て直すと、卿の頬めがけてパンチを炸裂させた。

 ぶっ飛ばされた卿の口元から血が流れ出す。中腰の姿勢を取り、肩で息をする卿……。

「夏芽! 夏芽! お前だけでも逃げろっ!」

 そして痛々しい頬を押さえて、ありったけの声を上げる。しかし夏芽は、「嫌だっ! 最後まで卿といるっ!」と叫んで、いうことを聞いてくれない。

「……卿、さっきまでのボクの気持ち理解してくれた?」

 卿の元に駆けつけたティコが皮肉混じりに言う。

「ゴメンナサイ」

「まあ、そのおかげで命拾いしたけどな。悔しいけど、今のボクにはお前の力が必要だ。オイ卿……分かっているな? ボクらが負ければあの子は100%殺されるぞ」

「ああ、だから死んでも生き残る!!」

「意味分かんねーよ!!」

「俺も何言ってんのか分かんねーよ!!」

「いくぞ卿!!」

「おう!!」

 目の前の『ブラッド』は身長が2メートルを越えてはいるものの、所詮は諜報要員。本来のティコであれば3分以内でカタをつけられた相手だ。
 しかし再び開いた傷口は彼女の戦闘力を著しく低下させた。卿が加勢してやっと五分五分になっている状態なのである。

「…………」

 それぞれが睨みを利かせながら構え、そして呼吸を整え、相手動きを先の先まで必死で読もうとしている。1つでも読み間違えれば、この勝負は終わりだ。

 しかし『ブラッド』の動きは、余りにも想定外過ぎた。

「えっ!?」
「何!?」

 なんとヤツは目の前にいる卿とティコを迂回するようにスルーし、後方でおびえている夏芽の方へと向かって行った。

 2人の反応が一瞬遅れる。

「まずはこの人間からだ!!」

「夏芽!」

『ブラッド』の手は、夏芽の首を狙っていた。非力な彼女では、すぐに首を絞められてしまう!!

 夏芽には叫ぶ余裕すらない。

「秒で死にやがれ!」

「夏芽ぇぇぇぇぇ!!」

 自分の足では到底間に合わない。

 100%の絶望! しかし小学4年生から夏芽を守ると誓った卿に、そんな確率は不必要だ。

 (諦めない!!)

 その瞬間、卿の身体が軽くなり、ありえない速度で夏芽の前に回り込むことが出来た。そして間一髪で彼女から『ブラッド』の手を遮断する。

「卿!? お前の背中!!」

 卿の背中には翼が現れ、それが盾の役割を果たし、夏芽をしっかりと守っている。

 しかもその翼は白ではない。卿は太陽の下にいるというのに、羽の1本1本が最初から銀色に輝いていた。


 月光に反応し、銀色に輝く『シルバー・ウイング』たちの白い翼。しかし千年ほど前、羽そのものが純銀に輝く翼を持つ王が存在していた。

 ティコはテラからその話を聞いたことがある。

「その頃は『ブラッド』が一時的に強い勢力を持ってしまい、この国全体が乗っ取られる危機に直面したらしいな。しかし、その王が単独で戦い、侵入しようとした敵を全滅させた……という伝説が残っているよ。ま、あくまで『伝説』だけどね」

 ……と。


「……純銀の……翼。伝説の」

 驚いたのはティコだけではない。攻撃をかわされた『ブラッド』も何が起こったのか理解できない状態で動きが止まっている。

 (今だ!!)

 『ブラッド』より数秒早く、我に返ったティコは、落ちていた剣を慌てて拾い上げ、そのまま敵の心臓めがけて、背中から一気に串刺しにした。

「くたばれ! 血みどろ野郎!!」

 絶命した『ブラッド』はその場で人形のように倒れる。そしてその身体は、まるで砂が風に飛ばされるように、あっという間に消えてなくなってしまった。

 同時に卿の『純銀』の翼も姿を消す。

「夏芽、大丈夫か?」

 卿の腕の中にいる夏芽は、動揺しながらも、しっかりと首を縦に振った。

「卿、今、翼が…………」

「うん、そうだね。でも、俺にもよく分からない……なあ、ティコ、俺は一体何者なんだ?」

 そう言って卿は、仰向けで倒れ込んでいるティコに視線を送った。

 しかし彼女は返事をしない。

「オイ! ティコ!? 生きてんのか?」

「うるせーよ。ボクも色々混乱しているところだ!!」

 そう怒鳴った後、ティコは空を仰ぐ。

「…………」

 卿はさっきまで翼があった背中に意識を移す。そこには重みと感覚の記憶が、今でもしっかりと残っていた。

《4》↓に続く↓


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