見出し画像

「タイバンにみたもの」

少し驚いた

食事からライブハウス「マグナム」に戻ると
目の前の公園に人集りが出来ていた
30人程だ
もしかしてお客さんかな?

仲間が怪訝そうな顔で
お客さんかな?
と、俺と同じ考えを言葉にして呟いた

時間も無かったので確かめはしなかったが
今は本番前の自己リハが優先だった

そのまま入り口から入って
ステージ横から続いている
裏にある楽屋に向かう

楽屋と言っても
縦長の通路のような場所に
パイプイスと等間隔に鏡がある造りで
各バンドが奥から順に
陣取っていた

俺達は1番手前
ステージが1番見える場所に座り
各々最後の調整を始めた

コピーバンドの歌詞は
全て覚えているので
楽器をしない俺は
少し退屈だった

すると楽屋奥から1人
こちらに歩いてきた

あの知らないバンドのヴォーカルだ

暇そうな俺と目があったからなのか
それが分かると話しかけてきた

「こんにちわ。」

そう言うと右手を差し出してきたので
反射的に手を伸ばして握手を交わした

「きみ言い声してるね、あと覚えやすい声でいいよ、うんほんとに」

覚えやすい声?
正直言ってる意味が解らなくて
返事に困ってると

「1度聴いたら耳に残る声って意味だよ」

と、親切にわかりやすく変換して
教えてくれた
言葉の意味を理解した俺は

「ありがとうございます、覚えやすい声ですか?初めて言われました。そちらもスゴい上手くて全体がまとまってますね」

と、素直に称賛した

大抵の場合
タイバンというものは
お互いがライバルで
いかに他のバンドより目立ち
お客さんを虜にしてファンになってもらうかが
重要らしく、どちらかと言えば
バンド間で意識しあって
ピリピリしている事が多い

でも、何も知らない俺は素のままだったし
知ったその後も楽しい方が良いと思う俺は
変わることは無かったのだが…

そのヴォーカルは嬉しそうに笑うと
5年目だという事、コピーバンドのLIVEは今回が最後だという事、これからはオリジナルをしていく事、そして20代前半と言う事を教えてくれた

「そういえば、外の公園にお客さんがもう来てるみたいだね?君達の知り合い?」

そう聞かれて
公園の人集りがLIVEを観に来てくれたであろう
人達かもしれない事がわかった
まだ確定ではないが

「ちゃんと見てないんでわからないです」

曖昧な返事をしたあと
もしそうなら嬉しいし
あれだけ人が居たら
LIVE楽しくなるし盛り上がるなと思った

「そう、お客さんならうちらも有難いし、やりがいあるからね」

そう言うと20代のお兄さんは
それじゃ今日はよろしくねと
挨拶をして、メンバーの元へと
戻っていった

あの落ち着きようは20代の大人だからで
バンドのまとまりも
やはり年数があり経験を積み重ねて
きているからだとわかった

今の俺には無いものばかりだった

オリジナルかぁ
いつか自分達の作曲した音楽を
LIVEでしてみたいな

一生懸命ギターソロやドラムのパタパタや
鍵盤エア演奏をしてるみんなを見ながら
そう思っていたのだが…

不意にスタッフさんがやってきて
「そろそろ開演します、今日はよろしくお願いします!」

そう言われて
急にライブハウスの雰囲気が変わった

スタッフさんの選曲なのか
洋楽がライブハウス内に流れ出し
入り口のドアを開放した

少ししてお客さんが1人また1人と
徐々に入ってきた

みるみる人で溢れ返り
どれくらい時間が過ぎたか
ライブハウスマグナムは
ほぼ半分まで埋まっていた

「スゲー、こんなに居るよ」

ギターの1人とベースが興奮気味に言った
40~50近くのお客さんが来ているようで
思った以上の人数に驚いた

「おっ!呼んだみんなもいるんじゃない」

少し暗がりのフロアに
よく目を凝らして見てみると
ほんとだ、何人か目に入った

ガヤガヤに包まれたライブハウスの扉は閉まり
流れていた音楽が小さくなる

タイバン相手の1番目が
それと同時にステージへ向かう
ガヤガヤがなくなり
少しして
照明と共に今日のLIVEが始まった

1番目のバンドが終わり
2番目のバンドが演奏を始めた頃は
お客さんも緊張が溶けているようで
思い思いの動きで楽しんでいた

2番目のバンド演奏が終わり休憩を挟む
次のバンドのセッティング等にもよるが
大体5~10分程の休憩だったと思う

楽屋で演奏終わりのバンドマン達と話す

「最初は固かったけど、後半から、うちらもお客さんも良い感じで良かったよ」

ステージに少し乗り出した形でなければ
暗幕が邪魔して、お客さんのフロアが完全には見えないので、歓声とステージ横から見える範囲で状況を判断するのだが、全体的とまではいかないにしろ、大半は楽しんでいるように思えた。

プロでさえお客さんが審査員のような
雰囲気になることがある
いつの時代も変わらないなと思う
押しのイベなら最初からノリノリだが
特にフェスのようなたくさんアーティストが来る場所では未だにかたい雰囲気を目にするし
場合によっては…
その話はまたの機会にしよう

雰囲気の良し悪しは生演奏あるあるだが
今回は知り合いが少なくとも来てくれているのと
世間が知ってるコピー演奏だという事が
ライブハウス内の雰囲気を良くしていた

でもそれより気にしていたのはそこじゃない
1番目、2番目のバンド演奏が終わると
お客さんが外に出て行くのだが
休憩中チラッとみると人が減っている

ふと思った
俺達が演奏を始める頃に
一体何人のお客さんが残っているだろう

呼んで来てくれた知人が20人位かな
最初はあんなに居たのになぁ

まだステージにも立っていないのに
すごく残念な気持ちになっていた

そんな俺を見て仲間が
「大丈夫か?キンチョーしてるね」
そう笑っていた

緊張は全くしていなかったが
あえて本心を言う必要もないから
「食べ過ぎて腹がいたい」
と、冗談を言った

するとみんなの顔が
みるみる真剣になり
「マジか?大丈夫?」
と言うもんだから

なんか複雑になってしまったと思い
更に

「大丈夫大丈夫!おならさえ出れば!」

と、意味のわからない答えを
今日イチ元気に返すと
ハイハイ、と笑ってくれて安心したようだ

よし
みんなの雰囲気も壊してない
お客さんの数は関係ない
いつも通り楽しもう

そう心に誓うと
あのお兄さん達のバンドが始まった

それは音源を聴いてる位丁寧な楽器のフレーズと
安定した歌声から流れるメロディで
俺達仲間の誰もが聴き入っていた

思った
コピーバンドとして充分スゴいしうまい
でもコピーじゃなくて
オリジナルがしたいって思う理由が
なんとなくわかった気がした

綺麗な曲をひとつ
またひとつと、流れるように演奏していく
とうとうラストの曲になった
最後のMCでお兄さんはこう言った

「今日最後のバンドは、初めてのLIVEなのに主催者で、なのにこれだけ動員して、俺はこんな風に突っ走る最高の若者達のタイバンとして、出演出来て良かった、ありがとう!最後までみんな観てくれよ!」

正直
何から何まで完璧だと思った
ライブハウス内のお客さんが
バンドに返す声もまさに声援だった

俺達へ最高のバトンを繋げてくれた
その言葉、忘れないと噛みしめ
お兄さん達とは比べ物にならない程
下手くそなレベルだけど
絶対に最高のLIVEのラストを飾るんだと決め
グッと拳を握りしめた

演奏を終えたお兄さん達が
拍手を背にこちらに戻ってきた

「最後、頼むね」

お兄さんはそう言うと
俺の肩をポンと叩いた

他のメンバーの方も頑張れよと
笑顔で通り過ぎて行った

カッコいい
そう思いながら
俺もそうなるんだと
初めて挑むステージを改めて見た

暗幕が張られ
セッティング準備に入る
各々最終調整を手早に終わらせ
1度ステージ横に集まる

「よし!楽しむぞー!」

そう掛け声を掛けると

「おー!!」

と、返すみんな
そのみんなの顔が
暗がりのステージの中

すごく輝いて見えた…   

「タイバンにみたもの」  終わりのある物語5        ~過去~ つづく

____________________

拙い文章力と表現ですが
終わりのある物語5を読んで下さり
ありがとうございます。

前話にいいねを下さった方
ありがとうございました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?