見出し画像

『ぼくの学校は、月へとつながっている』

 ぼくの学校には、ぼくにしか知らない、ひみつがあるんだ。
 君にだけ、特別に教えてあげるね。

 北校舎の1階の一番奥にある、『第2理科室』があるでしょ?
 あの校舎って、お昼でも少し暗いから、あまり近づかないよね。
 とくに、『第2理科室』は一番暗いから、おばけが出るってうわさもあるし。
 あ、怖い話じゃないから安心してね。

 ぼくはね、放課後ひっそりとそこに行くんだ。
 あそこの理科室にひみつの場所があるんだよ。

 前に第2理科室のそうじをしていたときに気がついたんだけど、動物のはく製が飾ってある棚があるでしょ? そう、あの気持ち悪いやつ。
 ぼくも最初怖かったんだけど、その棚の後ろにドアが見えたんだ。
 ぼくは気になって、棚を動かしてドアを開けてみたんだよね。
 すると、下へ続く階段があったんだ。
 その階段を降りていったら、何があったと思う?

 そのドアの先はなんと、
 月だったんだよ!

 そう! 空の、あの月さ!
 まわりには宇宙が広がっていて、少し遠くに青い地球がみえるんだよ!

 え? 信じられない?
 じゃあ、ぼくが毎日、月で何をしているか教えてあげるね。

 
 月に来たら、まず最初に『かぐや姫』に挨拶をするんだ。
 月のお姫様だから一番偉い人だよ。
 挨拶をしないと怒られるのかだって?
 そうじゃないよ。
 心配されちゃうからだよ。
「今日は来ないのかなぁ?」って。
 だから、挨拶をするのが大切なんだ。

「こんにちは。かぐや姫、今日も仕事にきましたよ!」
「こんにちは。それじゃあ、今日も頼んだぞ」
「はーい!」

 ぼくが頼まれていること?
 それはね、『月の動物たちの世話係』。
 学校で『生き物係』をしているって話したら、「ぜひ、月でもやってくれ」って、かぐや姫に頼まれたんだ。
 月には動物がたくさんいるからね。

 月にウサギがいるのは知っているよね?
 あれはウソだって? 違うよ。本当にいるんだよ。
 お餅をついているウサギと、お薬を作っているウサギがいるんだ。
 ウサギたちはいつも頑張って、仕事をしているんだよ。
 頑張ったウサギたちの仕事終わりに、ブラッシングをしてあげるんだ。
 あとはロバの体を洗ったり、ヒキガエルやカニの水あびを手伝ったりもするんだ。
 ライオンもいるんだよ! あ、大丈夫! ほえるけど、かみついたりはしないから!
 ライオンが上手にほえられるように、一緒に練習をするんだよ!
 これがぼくの、月での仕事だよ。

 仕事が終わったら、終わったことをきちんと“報告”することになっているんだ。
「かぐや姫、今日も仕事が終わりました」
「うむ。ごくろうだったな。いつもありがとう」
 仕事のお礼として、ウサギたちが作ったお餅を、かぐや姫と一緒に食べるんだ。青い地球を見ながら、学校での話をしたりもするよ。

 かぐや姫とのお話の時間が終わったら、ぼくは月の町を散歩するんだ。
 ここにはいろんな人がいて、いろんなことを教えてくれたよ。

 まずは、『髪の長い女の人』。
「こんにちは。お姉さん」
「こんにちは」
「ずっと思っていたけど、お姉さんはいつでも綺麗ですね」
「あら、ありがとう。でもかぐや姫の方がもっと綺麗よ」
「お姉さんも綺麗だと思うよ?」
「私はお化粧で綺麗に見せているだけよ」
「かぐや姫はお化粧をしなくても綺麗ってこと?」
「それもあるけど、あの人は心も美しいのよ」
「どういうこと?」
「ほんとうに“綺麗な人”っていうのはね、“見た目”が綺麗な人のことではないの。“心”が綺麗な人の方が、ずっとずっと綺麗なのよ」
「そうなの? それならそれを知っているお姉さんは、心も綺麗だと思うよ」
「ありがとう。とてもうれしいわ!」

 つぎに会ったのは、『大きな木の下で休んでいる男の人』。
「こんにちは」
「こんにちは」
「お兄さんは、お休み中ですか?」
「そうさ。今日は、“休む日”なんだ」
「休む日? 日曜日ってこと?」
「僕の場合は、曜日は決まっていないんだ。いつもは、地球の海の水を、抜いたり、足したりしているんだよ」
「お兄さんがやっていたんだ!」
「とても大事な仕事だよ。でも今日はお休みなんだ」
「ぼくは世話係の仕事は楽しいから、毎日でもいいな」
「それはだめだ。いいかい、少年。がんばって働くことも大事だけど、ずっと働いてばかりではだめなんだ」
「そうなの? どうして?」
「ずっと働いてばかりだと、気がつかないうちに、大切なものがなくなっていってしまうんだ。だからしっかり、“休む日”をつくらないといけないんだぜ」
「そうなの? それじゃあ、ずっとお休みの場合は?」
「それもだめだ。“働く日”と、“休む日”がそれぞれあるから、それぞれの日が楽しいんだよ」
「しらなかった。お兄さんは、“休む日”は楽しい?」
「ああ、この大きな木の下でゆっくりと休むのが、僕の“休む日”の楽しみ方なんだ」
「つまりお兄さんは、“働く日”は、とてもがんばっているんだね」
「ありがとう。そう言ってくれると、すごくうれしいよ!」

 次は『編みものをしているおばさん』。
「こんにちは。何をしているの?」
「こんにちは。かぐや姫のための新しい“おめしもの”を作っているの」
「おめしもの?」
「かぐや姫が着ている服のことだよ」
「そうなんだ。おばさんが作っているんだね」
「そうよ。あなたの服は誰が作ったの?」
「この服は、お母さんがお店で買ったものだよ」
「お店で買ったものでも、どこかで誰かが考えて、みんなで作ったものなのよ」
「そんなふうに考えたことなかったなぁ」
「そうねぇ。服だけじゃあないわ。どんなものでもそう。たくさんの人ががんばって作っているからこそ、手にいれることができるの。そのことを忘れてはだめよ」
「ぼく、忘れないようにするよ。おばさんががんばって作った服を着られて、かぐや姫は幸せだね」
「ありがとう。その言葉でもっとがんばれるわ!」

 次は、『本を読んでいるおばあさん』。
「こんにちは。何の本を読んでいるの?」
「こんにちは。勉強のための本を読んでいるんだよ」
「え! おばあさん大人なのに、勉強をするの?」
「そうだよ」
「ぼく、大人になったら、もう勉強しなくていいのかと思っていた」
「ぼうやがする、“やらなくてはいけない勉強”じゃあなくて、私がやっているのは、“自分がやりたい勉強”なんだよ」
「やりたい勉強なんてあるの?」
「自分の好きなことや、気になることを勉強して、新しいことを知っていくのが楽しいんだよ。それが、“自分がやりたい勉強”だよ」
「おばあさんになっても?」
「“自分がやりたい勉強”は、どんなに歳をとっても、やろうと思えばできるんだよ」
「そうなんだ。ぼくも“やりたい勉強”がみつかるかな」
「そのためには、まず、“やらなくてはいけない勉強”をきちんとしないとね」
「ぼくは学校の勉強は嫌いだな」
「“やらなくてはいけない勉強”をやるからこそ、“自分がやりたい勉強”がわかってくるんだよ」
「そっか。ぼく、おばあさんみたいになれるよう勉強がんばるよ」
「ありがとう。長生きしてよかったよ」

 最後はね、『牢屋の中に入れられている男の人』。
「こんにちは。おじさんは捕まったの?」
「捕まったんじゃあないんだ。自分から牢屋に入ったんだよ」
「え? どうして?」
「悪いことをしたからさ」
「じゃあ、やっぱり捕まったんじゃないの?」
「いや、捕まるほどのことはしていないんだ。でも俺は、“自分が悪いことをした”と思っているのさ」
「自分が悪いことをしたと思ったら自分から牢屋に入るの?」
「入っていないと、とても心が苦しいのさ」
「どうして、心が苦しいの? 許してもらえていないの?」
「悪いことをしてしまった相手は許してくれたんだ。でも俺は、俺が許せないんだよ。だから苦しいんだ」
「牢屋に入っていると、心が苦しくなくなるの?」
「……わからない。全然意味のないことかもしれない。でも入っていた方がマシなんだ」
「むずかしいな……。謝っても、相手が許してくれても、心が苦しくなるんだ……」
「お前がもう少し、大人になれば分かるよ。こうならないのが一番いいけどな」
「……ぼくもたまに悪いことしちゃうときがあるよ。ウソをついたり」
「悪いことを、まったくしない人間なんかいないさ。……でもそのとき大切なのは、自分は悪いことをしたと、ちゃんと“理解すること”だ」
「理解できない人もいるの?」
「“悪いこと”なのに、“正しいこと”だと思っていたり、何とも思わない人も世の中にはいるんだ。お前はそんな人間にはなるんじゃあないぞ?」
「どうしたら、そんな人間になったりしないの?」
「自分が言葉を伝えるときや、何か行動をするとき、他の人が傷ついたりしないか、よく“考える”ことだ。目の前にいない、どこか遠くの人のことまで、よく想像するんだ」
「分かったよ。おじさんの心、苦しくなくなるといいね」
「ああ。……ありがとう」

 月の町に住んでいる人たちはいつも、ぼくが知らないようなことを教えてくれる、“先生”なんだ。

 そうして、月の町の人たちと話していると下校の時間になるんだよ。
 ぼくは今までお話した人と、かぐや姫にお別れの挨拶をして、最初にきた階段を上がって理科室に戻るんだ。
 そしてだれにも見つからないように、また隠しておくんだよ。

 今日は日曜日。僕の“休む日”だから月には行っていないんだ。
 だから今日、君に教えたんだ。月曜日になったら一緒に行こうよ。 
 
 あの月への入り口は、ぼくと、そして君だけしか知らない、ひみつの場所さ。
 絶対、だれにもないしょだよ。

おしまい。

サポートしていただきました費用は小説やイラストを書く資料等に活用させていただきます。