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『父の告白』

 浩太、今日はお前に伝えなくてはいけないことがある。実は父さんは、お前の本当の父さんじゃないんだ。
 お前の本当の父さんは、もうこの世にいないんだよ。
 
 お前が5歳の時。お前と俺、母さん、お姉ちゃんの家族4人で近くの遊園地に行った。その時みんなで観覧車に乗ったことがあったんだよ。覚えているか?
 12色のゴンドラが付いた小さい観覧車。町が少し見える程度の高さ。一周なんてあっという間だ。それでも、お前は楽しかったんだろうなぁ。もう一回乗るって、観覧車から降りなかった。観覧車はお前を乗せたまま「2周目」に入った。
 再び戻ってくるまで俺達は出入口で待っていた。お姉ちゃんは文句を言っていたぞ?待っている時間ってのは長く感じるもんだからな。そして再びゴンドラが戻ってきた。12色のうち、お前が乗ったのは緑色のゴンドラのはずだった。
 扉が開いたが、そこにお前の姿はなかった。

 あれ?おかしい。緑じゃなかったか? そう思って、降りてくる全てのゴンドラを確認させてもらった。だが、どこにもお前の姿はなかったんだ。
 俺達は、それはもう慌てたよ! お前が途中で落ちたんじゃないかってな。係員に訳を話したが、扉は途中で絶対に開かないと言って、まともに取り合ってくれなかった。対応に腹が立ったがお前の捜索が優先だと思った。俺達は手分けして観覧車の周辺を探しまわった。しかしお前は全然見つからなかった。母さんとお姉ちゃんには迷子センターに行ってもらって、俺はずっと観覧車の周辺でお前を大声で呼び続けた。そしたらアナウンスが響いた。

 ──これより、観覧車は逆回転となります。
 そう言っていた。
 見ると、右回転だった観覧車は一度動きを止め、それからゆっくり左回転に変わった。
 だからどうしたって感じだよな。だけどな、何故か俺はそのとき、左回転になった観覧車をずっと見てた……。見続けていると、観覧車の出入口にお前がいるのが見えた。急いで駆け寄って、どこに行ってたんだって、怒鳴ったんだけどな。俺が怒っているにもかかわらず、お前は呆けた様子で、「僕に会った」と言ったんだ。意味が分からなかったぞ。そのときは。

 家に帰ってから、改めてお前の話を聞いた。お前が言っていたこと、いまだに覚えているよ。
 ──観覧車を降りたら、みんながいない。係の人に伝えて家に電話してもらった。そしたら迎えがきた。迎えにきたのは母さん。あと中学の制服を着たお姉ちゃん。それから、僕。
 お前は、もう一人の自分がいたと言ったんだ。でも少しだけ違う。少し背が伸びていて、黄色の通学帽を被ってた。
 その4人と家に帰って、『ここは二年後の世界だ』って言われたんだってな。しばらく2年後のみんなと話したあと、遊園地に戻って、もう一度2回続けて観覧車に乗るようにと言われたんだよな。言われた通りに二回続けて乗って、降りたら父さんがいたと、そう話してくれた。
 俺はなぁ、流石に信じられなかったよ。でもお前は嘘をつくような子じゃないから……一人で乗っているうちに寝ちまって、夢でも見たんだろうって思った。見つからなかったのは、扉の裏とか、何処か死角にいたんだろってな。
 それで、父さんは聞いたんだ。父さんはどうなっていたんだって。
 ──いなかった。じいちゃんの写真の隣に父さんの写真があった。
 お前はそう話した。

 それから一年後、お前が6歳になった年。お前のじいちゃんが死んだ。じいちゃんの写真を仏壇に並べたとき、お前の言葉を思い出した。もしかして、俺の写真は仏壇に並んでいたんじゃないか。あと一年後に俺は死ぬんじゃあないか? 
 お前の話を信じたわけではなかった。でも、もし、本当だったら? そんな考えが過った。
 俺は無性に怖くなった。確かめるために一人で遊園地に向かった。観覧車は右回転だった。俺は観覧車を2周続けて乗った。

 2周目に入ったとき、外の景色が歪み始めた。体全体がグルグルと回っているような感覚で、次第に吐き気がしてきた。立っていられなくて目を閉じて蹲っていると、ゴトンと大きな音がして観覧車が止まった。
 外に出てみると、そこには係員も客も誰一人いなかった。景色も全く違う。本当に二年後にきたのか。とにかく確かめようと、他には目もくれずに急いで自宅に向かった。
 自宅に行ってみると、玄関先にいた母さんに出会した。母さんは俺を見て酷く驚いていた。やはり俺は死んでいるのか、それで生きた俺が現れて驚いているのか。そう思った。母さんは、
「あなた、会社はどうしたの?」と言った。

 なんだよ!父さんは死んでなんていなかったんだ!浩太が見たのは、仏壇の写真じゃなくて、家の歴代当主を飾った写真だったんだ!
 俺はまだ生きている。安心して元の時代に戻ろう。そう思った。
 だが、俺は帰れなかった。観覧車を降りたときに気づくべきだった。いや気がついたところで、もうどうしようもなかったんだがな。

 遊園地は閉鎖していた。
 観覧車はもう、右にも左にも、回ってはいなかった。

 俺は元の時代に帰れなくなった。俺は困った。この時代には俺が二人いる。
 だから、浩太。父さんはな。もう一人の父さんを殺すことにしたんだ。そして殺した。父さんは人を殺したけれど、自分を殺しただけだ。そして『父さん』は生きているから、殺人でも自殺でもないよな?
 だから、父さんは父さんだけれど、この時代の本当の父さんはもう死んでしまっているんだ。
 だが、父さんは父さんだ。自分が自分を殺したって罪にはならないと思わないか?

 少し気になるのは、俺は帰れなかったんだから、本来なら俺は『二年前に失踪』とされているはずなんだよ。でもこの時代に俺はいた。もしかしたら別世界とかパラレルワールドってやつかもしれないな。そしたら“お前”は観覧車のことすら知らないかもなぁ。だが今さら確かめようがない。もう遊園地も観覧車もないんだからな。

 俺は後悔はない。こうしてお前の結婚式で、お前の嫁さんの姿が見られたんだから。今日、この場でこの話をしたのは、浩太の嫁さんにも知っていてほしかったからだ。
 息子をよろしく頼みます。そして、浩太。嫁さんを幸せにしてやれよ。
 以上で、新郎の父からの話は終わります。


「父さん、ありがとう。僕もね、覚えているよ、観覧車のこと。父さんもだったんだね。6歳のときに、突然いなくなって驚いたよ。
 でも僕は知っていたから。あの観覧車の秘密を。だから、父さんを探しに追いかけたんだ。

 8歳の自分がいたからさあ。困ったよ。僕たち、やっぱり親子だね」


【了】

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