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宝箱   5.「じこはおこるさ」

 2歳になっても発話が「ラリラリラリラリ」ばかりだった次男。ネウボラの2歳児検診で紹介された言語聴覚士の元に行くと、彼が短い指示を理解できるか、言葉にどう反応するかなどが調べられた。私のこれまでの観察も、この子の兄が自閉症スペクトラム障害と疑われ、経過観察中であるということも、何もかも聞いてもらった。

 言語聴覚士はケラヴァの保健センターに在籍しており、私たちは週に一度彼女の部屋に通うようになった。長男の自閉症の診断はすぐにつかず、療育らしいことも行っていないのに、なぜ2歳の次男がもうスピーチセラピーを受けるのかときくと、言語聴覚士は「言語に関しては障害が疑われたら待ったなしで対策を打つ」のだという。

 しかし、その言語聴覚士のところは予約がいっぱいで、次男の状態では週1回のセラピーでは十分でもなく、彼女の紹介状を持ってヘルシンキ大学病院の小児科で精密な検査を受けて、KELA(社会保険庁)から自宅に言語聴覚士が通って来るように手配してもらうようにと言われた。そのような手続きを踏むと、次男は無料でスピーチセラピーが受けられるのだという。

 長男だって自治体の医療センター止まりで済んでいるのに、次男の言語障害は国レベルなの?!しかもその言語聴覚士さんはやさしくてとてもいい人だったので、見捨てられるような気がした。私はまたベビーカーを押しながら、ドナドナみたいに家路についた。

 元夫に、また紙に書いてもらった連絡先を差し出すと、早速ヘルシンキ大学病院の小児科に予約を入れてもらった。検査は丸一日から半日じっくり観察するそうで、3~4日にも及ぶのだという。こうなったらもう、洗いざらい何もかも診てくれ!と腹をくくった。

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 そうこうしている間にも、次男はラリラリ以外の言葉も出すようにはなっていた。YouTubeできかんしゃトーマスの「じこはおこるさ」という歌を見せてあげたら気に入ったようで、また見たそうな顔やしぐさをする。そして、私に「デガーン!ドゴーン!!ドゴドゴーン!!!」という。

 一瞬何のことかわからなくて「……デガーン!ドゴーン!!ドゴドゴーン!!!……だね?」と彼の言葉をまねると、「デガーン!ドゴーン!!〇☆✖▽◇(聞き取り不可能な音)!!ンゴロゴロゴロゴロ!!ドゴドゴーン!!!」……

 ゴロゴロ喉を鳴らすとか、猫みたいでもある。不思議な音を出すようになったと思ってみてると、その後、その音は次男が電車で遊んでいる時によく発することに気がついた。しかも電車は脱線したり、激しく落下している。これは電車が落ちたりぶつかったりしている時の音なのだ。

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 立ち止まって見ていると、私の気配を感じた次男は私の手を引いてパソコンの方に導いていく。もしかして?と思い、私はYouTubeで『じこはおこるさ』をつけてあげた。

 次男は気持ちよさそうにおしりでリズムをとり、目を輝かせた。ああ、わかってあげられた。私はこの子の言葉を、わかってあげられたんだ。胸が熱くなりこみあげてくるものをこらえていると、次男が手を打ちながら動画に合わせて歌ってもいることに気が付いた。

「ホ~ホホ、ホホホホ~ホ~ホ~ッ♪ホォ~ハァ~~~~~♪」

私も一緒に拍手しながら歌った。

 「じ~こは、おきるも~の~さ~ッ♪ほぉ~らぁ~~~~~♪」

 そして最後にゴードンががものすごい勢いで壁をぶちやぶるラストシーンで次男はげらげら笑いだし、拍手喝采。「デガーン!ドゴーン!!ドゴドゴーン!!!」と高らかに叫んだ。……よし、つかんだ。私はこの、灰色の顔の機関車たちがボコボコにやられるだけの歌が好きになった。

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 このまま他の言葉もきっと出てくる、音じゃなくて、ちゃんと言葉が。いや、わからない。ただただ彼独自の言葉を私たち家族だけが理解するだけの未来が待っているのかもしれない。ヘルシンキ大学病院の検査の日まで、あと2か月ほど。私は次男が発するようになった言葉や音の意味が分かると、それを小さなノートに書き留めて記録し始めた。

続く


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