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ディレクターは道先案内人。心に作用するパッケージをチームで作る — アートディレクター 井田 紀美子さんインタビュー

こんにちは。クルツジャパンのタナカです。
箔を使いパッケージを創作するクリエイターのまなざしから、箔の魅力や新たな表現、デザインを生み出す源泉に迫るインタビュー企画。

今回、登場してくださるのは、井田 紀美子さんです。1999年より株式会社明治のインハウスデザイナーとして、「meiji THE Chocolate(明治・ザ・チョコレート)」「明治ミルクチョコレート「Meltykiss(メルティーキッス)」などのパッケージ制作をディレクション。商品をリリースする際の裏側や、外部のデザイナーといかに共創したのかについてお聞きしました。


井田 紀美子(いだ きみこ)さま/アートディレクター。多摩美術大学卒業後、製紙包材メーカーでのデザイナーを経て、1999年に明治製菓株式会社(現・株式会社明治)入社。日本パッケージデザイン大賞金賞、ジャパンパッケージングコンペティション経済産業大臣賞、TOP AWARDS ASIA、Red Dot Design Award などを受賞。


プレミアムな価値を伝えるデザインの誕生

ー これまで手がけた中で、印象に残っているパッケージは何ですか?

「Meltykiss」をはじめ、長年、チョコレートのパッケージに携わっています。中でもリニューアルした「明治ミルクチョコレート」や、「meiji THE Chocolate」のパッケージは深く印象に残っています。


「meiji THE Chocolate」をリブランディングする際のミッションは、プレミアム路線のチョコレートの販売を成功させることです。

ずっとチョコレートの企画に携わっていると、発想が凝り固まってしまう部分もありますが、これまでの表現からジャンプしないと、「meiji THE Chocolate」のプレミアムな価値は伝わらないし、店頭で目に止まらず見過ごされてしまうと感じていました。

「これまでと同じやり方では成功しないだろう」「どういう組み立てをしていくべきか」とチームで様々な検討、議論して生まれたのが、「Bean to Bar」を軸としたコンセプトです。

「Bean to Bar」とは、カカオ豆(BEAN)から板チョコレート(BAR)まで、品質、製造工程にこだわって一貫して行うあり方のことです。プロダクト自体は以前からそれに当てはまる作り方をしており、そのような言葉も海外ではすでに主流となっていましたが、日本ではまだ浸透していませんでした。

「どうしたら商品の魅力を伝えることができるだろう」と議論や試作を重ねてたどり着いたのが、棚自体を「Bean to Bar」のショップに見立て、パッケージ単体ではなく棚全体で「meiji THE Chocolate」の価値をお客様に提案するという方法です。

ー 前例のないパッケージをリリースするに至った過程を教えてください。

当初、デザインを見た社内の上層部には「これでは売れるはずがない」という声もありました。一方で、お客様調査では、ありがたいことにそれまで見たこともないくらいの良い反応や評価をいただいたんです。

このお客様の評価を、担当者から説明し説得。同時にこの「Bean to Bar」のショップに見立てた棚を全国でメンテナンスし続けなければならない営業チームも「お客様の声を踏まえて頑張ってやってみよう!」と動いてくれたことは、企画を進める上で大きな力になりました。

ほかの商品ではあまりないのですが、「meiji THE Chocolate」のチームは、独自の会議体を持っていました。開発、営業、マーケティング、販促企画の担当者が、何度も集まって意見を出し合い、デザイン担当者だけでは気づかなかった観点も取り入れ、どんどんデザインを改善していきました。

開発の現場、生産の現場、販売の現場など、様々な立場の担当者が丁寧に現場を説得してまわるなど、周りのバックアップがあったからこそ、前例のないパッケージのリリースが実現しました。


箔がもたらす品質感の変化。箔の持つ手触りを大切にしたい

ー 箔はどんなシーン、どんな表現をしたいときに活用しますか?

箔でないと表現できないことは必ずあって、華やかさや品質感を伝えるための重要な道具のひとつです。
お客様になるべく安く商品を提供することや大量生産を前提とすると、箔を使用できるシーンは限られてしまうのですが、商品コンセプトに合わせた表現を探る中で「あわよくば使えないか・・」と常に憧れのまなざしを向けています。

たとえば、「meiji THE Chocolate」のパッケージの中央に箔押ししているカカオの柄についても、全ての箔型を変えることはコストがかかるため簡単には企画が通りませんでした。ただ、「商品のアイデンティティになる部分であり、やるなら自分たちが納得するものを出したい」という思いが強くあったので、それぞれに特徴の際立った箔型を使用するパターンと、同じ箔型を使用するパターンの両方を用意し、お客様調査の結果から「箔押しの部分をとても気に入ってくれている」「ここが一番重要」と周囲に伝えて、社内での了承を取っていくことができました。

箔は金や銀、ホロ箔など、キラキラさせることで華やかに質感を表現することもありますが、黒や白の箔、金銀でも光らない箔、マットな箔など、表情も様々です。手に取ったときに気づきのあるような、心に作用するパッケージ作りは重要だと思っています。

ー この箔は好きだな、こんな表現をしてみたいと思うものはありますか?

手触りのいい紙に、マットな白で押されている箔に魅力を感じます。エンボスだけの場合に比べて一段と質感に変化が生まれます。この質感の違いは、箔でなければ出せません。

派手に見えず、一見気づかないほどですが、手に取る人は品質感の変化を敏感に察知して、「ああ素敵だ」と感じる表現になると思います。


心を健康にするデザインが求められる時代に

ー デザインを仕事にしようと思ったきっかけは何ですか?

子どものころから絵を描くことが好きでした。印刷関係の仕事をしていた父が、不要になった紙の端っこを持って帰ってきてくれると嬉しくて。その紙を使ってたくさんの絵を描いたり、工作をしたり。チョコレートの箱に紙を貼ってオリジナルの筆箱にするなど、手を動かすのが好きな、根っからのインドア派でした。

進路を決めるときに、美術の世界を目指そうと決め勉強をはじめると、自分のありのままを周りの人が受け入れてくれ、居心地がいいなと感じることができたんです。それまで人とコミュニケーションをとるのが得意でなかったけれど、美術の世界に居場所を見つけたという感覚がありました。

大学ではグラフィックデザインを学び、立体でものを見ることへの憧れや、手に取れるものが存在することに魅力を感じて、パッケージデザインの道に進みました。

ー 過去から現在に至る、パッケージデザインの変化をどのように感じていますか?

お客様調査をすると、「個包装で食べやすいけど、ゴミが出るのが嫌です」などシビアなご意見もあり、私たちが思っている以上に、お客様はサステナブルを意識していると感じています。

一時期は合理化を強く求める風潮もありましたが、揺り戻しが起き、心の健康や気持ちに作用するデザインが重要視されるようになったと思います。その視点は大事にしていきたいですね。

たとえば「meiji THE Chocolate」は、明治が実際に産地に足を運んで農家支援を行い、カカオ豆の品質向上、それに伴う適正価格での購入など、お互いが信頼関係を築いた土台があってこそ実現した商品です。「ほかのチョコレートとどう違うのか」「どういうふうに美味しいのか」「どんなシーンで、どれを選んだらいいのか」まで、お客様に伝えていかなければなりません。けれども、伝え方は難しく、悩ましいところでもあります。

今は、強いブランドを新たに作るよりも、今まで培ってきたブランドを大事に育てながら、新しい解釈で商品化をすることが多くなっています。お客様に、新しいものとして目に止めていただくにはどうしたらいいか、生活に取り入れて嬉しいと思っていただけるものをお届けしたい、そのためにもっとお客様のことを知ることが必要だなと強く思っています。


社内の担当者と外部のデザイナーの思いを翻訳。デザインの道筋を立てる

ー パッケージ制作における井田さんの役割、チームで力を合わせるために大切にしていることは何ですか?

アートディレクターとして、社内の開発担当者やマーケティング担当者、外部のデザイン会社やコピーライター、プランナーなどとチームを組み、パッケージデザインのディレクションをしています。

商品を目にした際に、買うかどうかを決めるまでの時間は2秒ほどといわれています。商品の良さを羅列したくなるのですが、パッケージで大きく伝わることは、たった1つ、2つなんです。

だからこそ、アートディレクターとしての最初の仕事は、社内の各担当者の商品に対しての思いや、自分の感じたことを整理整頓してコンセプトを抽出し、パッケージで何を伝えるかの優先順位を付けることです。

デザイナーさんに依頼する場面では、まずはコンセプトや思いをお伝えした後に、必要な要素を提示します。それを元に、自由な解釈のデザインや、あらゆる表現を出してもらうなど、楽しんで制作していただくようにしています。

デザイナーさんからのあらゆるデザイン提案

メーカーとデザイナーは、一緒に商品を作るチームです。メーカー側がクライアントで、デザイナーが受注者という関係ではなく、デザイナーからいただいた意見もチームへフィードバックしながら製作していきます。

同じように、印刷会社もチームの一員です。技術的に難しいことを可能にする、品質を保ちながら生産するなど、私たちメーカーだけでパッケージを作り上げることは到底できないといつも感じています。

ー 企業内にいるからこそのデザインの面白さや醍醐味を教えてください。

パッケージデザインが完成するまでを広い視点で考えることができるのが、メーカーにいる醍醐味です。転職する前は私も手を動かしてデザインをしていたので、最初は、自分でも作りたいなという思いもありましたし、経験も少ない自分が外部の優秀な先輩デザイナーに「こう直してくださいなんて、とても言えない」と、最初の2、3年はモヤモヤしていました。

でも、表現の幅を何倍にも広げてくれるのが、外部のデザイン会社やデザイナーのみなさんです。自分の表現を超えた提案に触れ、アイデアが形になる様子を見るにつれて、ディレクションの面白さを感じるようになりました。

アートディレクターは、言葉を翻訳して周囲に伝える、道の案内人といわれる仕事です。

どうしたら商品の良さをパッケージで伝えることができるのか、その答えを私自身が持っているわけではありません。だからこそ、開発担当者やマーケティング担当者、デザイナー、印刷会社といったチームのメンバーと一緒に悩み考え伴走しながら、パッケージを作っていくことを大切にしていきたいですね。


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井田さんとは初めてお会いさせていただいたのですが、ご挨拶の際、井田さんのキラキラ✨名刺入れに釘付け👀になりました。ラインストーンで「明治ミルクチョコレート」パッケージデザインのデコレーションが施されたオリジナルケース。後輩の方からのプレゼントだそうで、日ごろから社内外問わずチームで動かれていたりと、meijiさんのあったかい企業雰囲気を感じました。

このインタビューで井田さんがおっしゃっていた、「箔でないと表現できない」、「手に取ったときに気づきのあるような、心に作用するパッケージ作り」に少しでもお役に立てるよう、箔メーカーとして箔加飾表現提案など頑張っていきたいなと強く感じました。

井田さん、貴重なお時間をありがとうございました!


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