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小説集

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自作の小説を纏めています。
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#短編小説

壁の都市(短篇小説)

壁の都市(短篇小説)

 パートナーが寝室の壁に絵を描きはじめた。私が、賃貸なのにそんなことをしたら修繕費を取られると苦言を呈すると、彼人は、わかっている、自分が支払いをするから大丈夫だと言った。
 私は在宅仕事のあいまに寝室を覗き、そのたびに絵のなかに小さなビルディングが建っていくのを見た。どういった絵なのか聞くと、街の絵だと教えてくれた。パレットには、ブラックとホワイトとブルーとパープルとイエローが乗っていて、逆に言

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リビングの本(掌篇小説)

リビングの本(掌篇小説)

 私は、気づくと知らない家のリビングにいる。
 リビングには、ダイニングテーブルがあり、椅子があり、ソファーがあり、ローテーブルがあり、テレビがあり、本棚があり、棕櫚竹(しゅろちく)があり、庭に続く窓にはレースのカーテンが引いてある。壁にはスルバランの絵が掛かっている。
 私は直ちに逃げださなければならない。ここは自分の家ではないのだから。
 子どもの頃、探検と称して近所を歩いて

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本の寝台(短篇小説)

本の寝台(短篇小説)

Chapter01

 自分の身長より大きな書物を寝台にしている。眠ると、その日の経験が本に吸い取られていき、また他者の記憶が流れ込んで来る。

Chapter02

 おそらく類書が複数存在し、私と境遇を同じくする者たちがいるのだろう。直接会ったことはないが、本の内容が部分的に並列化されており、現在や過去の情報を共有している。

Chapter03

 彼等を友人のように思うことはあるが、む

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軍艦雲(短篇小説)

軍艦雲(短篇小説)

Chapter01

 仕事が一段落して、本を片付け資料を整理しノートに纏(まと)めていると、窓の向こうに軍艦雲(ぐんかんぐも)が見えた。雲はゆっくりと山へ降りていく。
 私はおそらく何年もこのときを待ち望んでいた。
 ペンを置き、車を走らせて雲を追う。

Chapter02

 地球上の各地に、およそ1年に10~30回くらいの頻度で軍艦雲は発生する。
 この雲の名称は国や言語によって様々である

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朗読士(短篇小説)

朗読士(短篇小説)

Chapter01

 朝の四時に雇用主から電話があり、「今すぐ来い」と叩き起された。彼は気が狂ったのではないかと思うほど立腹していた。
 理由はグールワーナの死にある。私がグールワーナを殺したというのだ。
 だが、そのようなことが起こったなどと信じたくはない。私は昨日、いつも通り職務を果たし、充分に足る朗読をしたではないか。

Chapter02

 タクシーを呼び、大急ぎでかけつけると、確か

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パブリャーカの骨(短篇小説)

パブリャーカの骨(短篇小説)

 十月の第二週、太陽が三日月の形になったのかと思うくらい肌寒い日の夕暮れのことである。獣医W氏はその日の仕事を終え、診察室で明日の始業の準備をしていた。翌朝、出勤してから取りかかっても別段の問題はないのだが、彼は万全に準備を整えておかないと落ち着いて眠れない性格だったし、一日をせわしなく始めるよりも、余裕を持って着実に職務を遂行する方が賢明であると考えていた。なにしろ、場合によっては緊急を要し、命

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