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『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第33話 王の記憶を救うのは

 カナダへ来て、みんなと一緒に初めて見上げたオーロラは、最も出現頻度の高い「グリーン・オーロラ」だった。

 天空を龍のように揺れながら渡っていくオーロラを見上げた時、蒼仁あおとは、まるで父が自分を呼んでいるような声を聞いた。

 父を思い出す声音こわね抑揚よくよう。聞き慣れた懐かしい響き。
 でも、この世の人の声のようには聞こえなかった。

 天空へ続く氷の階段を昇った時、再び「龍」が現れた。まるで自分たちを『煌界リュース』へと導いてくれるかのように。

「父はカナダのどこかで生きている」という思いと、
「『煌界リュース』へ行けば、あの呼び声の正体がわかる」という思い。
 相反あいはんするかもしれない二つの思いに決着をつけるため、蒼仁は煌界ここまで来た。

 氷結晶に包まれて眠る狼王のもとにたどり着くと、再び緑の龍が現れた。
 その光が人の姿をとり始め、他の誰でもない、父の姿へと変化した時。

 蒼仁の声が、自分でも気づかないうちに胸の奥からあふれ出した。

「やっぱり……! やっぱり、お父さんだったんだ……!」

『蒼仁……』

「お父さん、お父さんは生きてるの? 生きてるんだよね?」

 少し困ったような顔をする父から、すぐに返答はない。
 シェディスがそっと蒼仁の肩に手を置いた。その温もりで、蒼仁はいったん言葉を飲み込み、大きく深呼吸した。

「――俺、どんな話でもちゃんと聞くから。だから、知ってること、全部教えてほしいんだ」

『蒼仁。強くなったな……』

 慈愛に満ちた言葉に、涙がこぼれそうになるのを必死に押しとどめる。

「そりゃ強くなるよ! ここまで、どんだけ大変な目に遭ってきたと思ってんだよ! たくさん、たくさん……もう、話しきれないくらいに……!」

『知ってる。実はな、お父さん、ちゃんと見てたんだ』

 まっすぐにこちらに目線を合わせてくるところも、ごまかしなくちゃんと答えてくれるところも。常識では測れないほど不思議なことを言っていても、その存在は、蒼仁が知っている父の姿と少しも変わらない。

『ユーコン川が暴れた時、自分は波に飲まれて死んだと思った。でも、意識はちゃんと残ったままで、気がつくとこの姿になっていた。つまり、お父さん、どうやらオーロラになっていたらしい』

「オーロラに!?」

 あの「龍」に、父を感じたのは確かだ。
 でも、本当に父がオーロラになっていただなんて、そんなことがあるだろうか。

『蒼仁の頭の上にいる彼(ハム)が、人間からハムスターになったように。そっちのお嬢さん(シェディス)が、狼犬おおかみいぬから人間になったように。たぶん、この地に古くから息づく、大いなる自然の力が働いたのだと思う』

「パパさん、僕たちはそれを『大精霊』と呼んでいるのですよ」

 はじめまして、とぺこりとご挨拶するハムにつられて、シェディスと達月たつきも「こんにちは」と頭を下げた。

『私にとっては、はじめましてではないな。オーロラになった私は、蒼仁たちがこの国へ来て頑張っている姿を、ずっと空から見ていたんだ』

 父の周囲にうごめく緑の光が、その言葉を裏付けている。父の動きに合わせて、「龍」が躍動する姿が透けて見えるようだった。

『蒼仁たちが来るよりもずっと前から、ユーコン川に飲まれてこの姿になった時から――私は、煌界ここを拠点に極北の空を移動し、様々なものを見た。世界中の人々の姿を。人間よりもはるかに長い時を生きてきた、あらゆる生物の姿を。生物が生まれ出るよりも先に、灼熱しゃくねつの時を経て、大いなる海を誕生させた、この星の姿を――』

 父が語る話は、蒼仁たちが天空のスクリーンを通して見た動物たちの映像よりも、はるか昔にまでさかのぼるようだ。
 この星そのものの歴史。壮大な地球史が、蒼仁の意識を瞬時に駆け抜ける。

『もちろん、すべて本物を見たわけじゃない。私が見たのはおそらく、地球に宿る「大精霊」の記憶。私に何かやるべきことがあってこの姿を与えられたのだとしたら、多くのものを見ること――つまり、観察が私の役割なのだろう」

 前に、ハムが言っていた。大精霊は、その者に相応ふさわしい姿へと変化させるのだと。
 蒼仁の父に与えられた役割は、ひたすら世界を、歴史を見ることなのだろうか。

『蒼仁。お前にも、与えられた役割がある』

 父が蒼仁に向かって手をかざす。とたんに、蒼仁の中に「あの日の光景」が流れ込んできた。

 闇のオーロラ。太陽光消失サンライト・ロスト。突如荒れ狂った川。
 なすすべもなく流された自分。その腕に無我夢中で抱いた、小さな白い生き物――

『あの時、狼王の子を助けたお前に、大精霊が力が与えた。その力の役割を決めてしまったのは、おそらく私だ。私は無意識のうちにお前をこの地へ呼び寄せた。私の呼びかけに沿うように、大精霊がお前に使命を与えた。王の意識がお前に向いて、お前を動物霊たちに襲わせてしまったのも、それが原因なんだ』

 父のまなざしが、結晶の中で眠る狼王に注がれる。

『この王は、獣を超えた力を持ってしまったばかりに、感情に心を引き裂かれて苦しんでいる。その苦しみが他の動物霊たちに伝わって、「闇のオーロラ」が生まれた。蒼仁、お前の役目は、霊狼ヴァルズたちの力を借りて、王の苦しみを終わらせてやることなんだ』

「俺が……王を……?」

 蒼仁はそっと王の結晶へと近づいた。
 灰褐色の毛皮に包まれた鍛え抜かれた美しい肢体とは裏腹に、見る者の胸を締めつけずにはいられないような、深い悲しみを伝えてくる姿。
 手を伸ばし、結晶越しにそっとなでる。
 今の自分に、ほんのひとかけらでも、王の苦しみを理解できるのだろうか。

『動物霊の多くは、幸いにもすでに王の感情から解放されている。「彼」の、「光架こうか」の力のおかげだな』

 突然視線を向けられて、達月は「へ、ワイ?」と面食らってしまった。

『彼の力は、使う者によってはさらなる悪夢を呼び起こす。そうならなかったのは、彼もまた過去の記憶に苦しんできたということと、何より彼自身が思いやりにあふれた人だからだろうね』

「いやー、参るわそんな……」

 達月は頭をかきながら向こうを向いてしまった。

『「光架」の力で、動物霊の多くは静かに姿を消した。もともと、あるがままを静かに受け入れるのが動物たちだ。「煌界ここ」にとどまる必要もない。
 ――だが、まだ、王の記憶が王を苦しめている。すべてを終わらせるには、王を記憶から救ってやらなければならないんだ』

「俺の役目は、だいたいわかった。でも、どうやって……?」

 今まで、ただひたすら、襲い来る動物たちと戦ってきた。
 今度はどうすればいいのだろう。

「王の記憶も、達月さんが操作できるのかな?」

『蒼仁。確かに「光架」の力は有効だと思うが、今の王は、数えきれないほど多くの動物霊の記憶と繋がっている。今まで王が操ってきた、あらゆる動物霊の記憶。さらに、それぞれの霊が長きにわたって受け継いできた、野生の血の記憶にいたるまで――今回ばかりは、そう簡単にはいかないと思った方がいい』

「達月くんひとりに、そんなとんでもない数の記憶を操作させるのは無理ですねぇ……」

 ハムが自分の頭をくしゅくしゅかきながら、いかにも困ったという声を出す。

「そやな。ワイもなるたけ気張きばるつもりやけど、やっぱみんなの力がないと無理やろうな」

 達月の声は、どこか気が抜けてるようにも聞こえるが、それでも静かな頼もしさを感じさせる。

 蒼仁はざっとみんなを見渡した。
 やる気満々の勝ち気な顔を見せる、シェディス。
 普段通りリラックスしているように見える、ゲイルとブレイズ。
 はがねのような立ち姿で常に威風堂々としている、ウィンズレイ。

 みんな、頼りになる大切な仲間たちだ。

「よし、俺、やるよ。具体的にどうすればいいのか教えて」

 蒼仁の問いに、父が苦笑した。

『ああ、すまない。お父さんの言い方が悪かったな。言い直すと、お前の役割は「ここまで霊狼ヴァルズたちをそろえて連れてくること」。つまり、ここに来た時点でお前の役目は終わったんだ。実際に王の記憶と向き合うのは、霊狼ヴァルズたちの役目だ』

「……え?」

 すぐには理解できず、蒼仁が気の抜けた声を出す。その後ろで、達月が

「そろそろ、はっきりさせんといけんやろなあ……」

とつぶやいた。

「はっきりさせるって、何を」

 達月の物言いがどこか引っかかって、蒼仁の声に少しとげが入る。

「親父さんが言ったやろ。こっから先は、ワイら霊狼ヴァルズの仕事なんや。たぶん長い戦いになる。蒼仁とハムは、地上に帰ってワイらが仕事終わらすのをおとなしく待っとれっちゅうことや」

「なんで? 俺の召喚の力は、もういらないの?」

「いらんわけやないけど……」

 達月が言葉をにごすと、そこへハムの震えた声が重なった。
 声だけでなく、ハムの全身が震えている。

「まさかとは、思ったんですけど……。今更なんですけど、霊狼ヴァルズとは、狼の霊……。つまり、彼らは、霊、なんですよ。動物霊、なんです……」

 蒼仁はもう一度、みんなの顔を見回した。

「みんなが? 動物霊……?」

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