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『煌(ひかり)の天空〜蒼の召喚少年と白きヴァルファンス』 第19話 パトロンの相手は楽じゃない
どうしてこうなった……。
蒼仁は、目の前の男の視線に耐えながら自問自答した。
男に会ったのは今日が初めて。
肩書きからして、高級料理も食べ慣れてきたと思われる男の手が握るのは、自分と同じ給食用の箸。食するは、自分と同じ、「あじのひつまぶし」に副菜二種と味噌汁を添えた、栄養面も見た目にも配慮の行き届いた給食メニュー。
地元産の炊きたて白米の上に、まるでうなぎのようにタレを絡めた肉厚のあじのかば焼きをたっぷりと乗せて。さらに錦糸卵に白ゴマ、ネギも散りばめた、見るからに美味しそうなご馳走メニュー。香り豊かな白だしをかければ、いくらでもかき込んでしまえそうだ。大人も子供も喜ぶ、この学校の人気メニューのひとつだ。
「この学校は、外注せずに全部ここで作ってるからね。作ってる人たちも一流だよ。最初、都心のホテルシェフ引き抜こうとしたらさすがに秘書に反対されちゃった、あはは。食材はできる限り地産地消にこだわってるし、味噌やドレッシングなんかもちゃんと手作りしてるんだよ。ご飯はもちろんみんなが田植えに行った、あの田んぼで採れた物だし。きみも去年田植え……は、してないか。でも収穫はできたんだよね。美味しいでしょ」
「はい」
としか言いようがない。男の口が回る間、蒼仁は他にすることもないので、ひたすら箸を口に運んでいる。どれも美味しいには違いないが、状況が状況なので味が半分くらいしかわからないような気がする。
昨年まで、蒼仁は父親の仕事の都合で、父親と二人暮らしをしていた。
再び母や妹と暮らすことになったのは、他でもない「太陽光消失」がきっかけだった。その際、母が高等学校の教師を務める、この学園へ転入した。
という経緯で、春の田植えは経験していないが、秋の稲刈り体験に行くことはできたのだ。
蒼仁が通うこの学校――「片野原学園小学校」は、昨年創設されたばかりの真新しい小学校だ。
もともとは女子高等学校と女子大学のみだった「片野原学園」に、目の前の男・折賀樹二が殴り込み――もとい、色々と働きかけて、小学校を新設しながら理事長の座をかっさらった、もとい就任したという。
この男、もと外務省の官僚だったり、警備会社を経営していたりと経歴は華々しいが、いわゆる「金髪ロン毛」を後ろで束ねた外見がすべてを裏切っている。
服装だけは教育者に相応しいスーツだが、たまに髪をかき上げる仕草やわざと剃ってないと思われる顎ひげなど、ツッコミどころが満載だ。まだ四十代と、理事長にしては若いが、オシャレのつもりなんだろうか。
事前に母親から、「あの人にはツッコんじゃダメよ。キリないから」と忠告を受けていたのを思い出す。
「僕もたま~に献立の提案なんかしてるんだけどね、ほとんど却下されちゃうんだよ。この椎茸のごま油炒め、これは珍しく採用してもらえたやつ。大葉で巻いて食べるの、うんまいよね」
場を和ませるためなのか単に喋り好きなのかは知らないが、折賀理事長の話はどこまでも続いていた。蒼仁が食べ終わった後も、まだ続いていた。
小学校教育に家庭が求めるものが多すぎるだの、本当は中学校も新設したいが高校入試対応まで手が回らないので、現状は高等学校からの大学進学と小学校からの中学入試合格に力を注ぎたい、その一例として蒼仁の受験をぬかりなくバックアップしたい、優秀な蒼仁には期待している――などの内容をすらすらと。
中学受験にいい顔をしない小学校もあるので、応援はありがたい。
が、今日、理事長室で理事長と二人っきりで給食を食べているという理解に苦しむ状況は、献立の話や受験の話をするためではない。
「ほんとはパーシャちゃんも呼んだんだけどね。『あんな人と同じ部屋で食事だなんて反吐が出る』って言われちゃったー。あ、『反吐が出る』って日本語、僕が教えたんだよ。早速使ってくれて可愛いよね。あんな可愛い金髪っ子に言われたらそそられると思わない?」
ツッコんではいけない。確かにキリがない。
支援者のご機嫌を損ねてもいけない。
この理事長が持つ力は絶大なのだ。
蒼仁たちの特訓のために、市営公園を電話一本で貸し切り状態にしてくれたのもこの人。
蒼仁たちがカナダへ飛べるよう、飛行機と入国の手配をしてくれるというのもこの人なのだから。
◇ ◇ ◇
「僕ばっかりぺちゃくちゃ喋ってごめんね。連絡はほとんどハムさんと甲斐くんがやってくれてるから、きみに直接話さなきゃいけないことって特にないんだけどさ。やっぱり一度、出発前にゆっくり顔見ておきたかったんだよ。学業優秀で、『太陽光消失』を経験した『時の人』で、その時に得た特殊能力で再びカナダへ飛ぼうとしている森見蒼仁くんの、ね」
蒼仁は姿勢を正した。
この人こそ相当優秀だと聞いている。外見や口調のいい加減さに惑わされてはいけない。
「今日僕から伝えておきたいのはね。ハムさんの時空能力には、あまり頼らない方がいいってことなんだ。あの力はただでさえ制御が難しいからね。彼は周囲の大切な人たちを巻き込まないために旅に出て、その結果ハムスターになった。おそらくそれが能力を制御できる有効な手段だったんだ。でもあの姿でまた能力をふるって、頭のハゲがちょびっと広がったなんて言ってたけど、次はそれだけじゃ済まなくなると思うんだよね」
ハムの時空能力は、蒼仁自身も見た。
ハムとパーシャを今にも爆散させようと襲いかかった達月の爆弾を、ハムは間一髪のところで封じ込めた。誰が見ても凄まじい力だった。
あの力がこれからも使えたら、どんなに心強いか。でもそれは、ハムを犠牲にすることになりかねない。そんな方法は取りたくない。
(ちゃんと全員が無事に帰ってくることが前提。世界を守るために犠牲になれ、なんて言うつもりは絶対ないから)
達月のアパートで聞いた甲斐の言葉を、自分も心にとめておきたい。
ハムには、アドバイザーとして十分力になってもらっている。
戦うのは、自分と霊狼たちの役目だ。
「あともうひとつ。カナダへ着いたら、残り二体の霊狼を探しに行くわけだよね」
「はい」
二体のうちの一体、「刃風」については、ウィンズレイではないかと見当をつけている。
といっても、どうすれば合流できるのか、「本体」がどこにあるのかなど、まだまだ知らないことの方が多い。
「これは入手したばかりの極秘事項だから、関係者以外には黙っていてほしいんだけど。
いよいよあの『闇のオーロラ』圏、通信や運行手段が二十世紀初頭へ戻っちゃったみたいだよ。とにかく電波という電波が通じない。相変わらず極寒だし、ブリザードは吹き荒れてるし。危なっかしくて雪上車すら走らせることができなくなったんだ。現地企業もやっと社員を避難させ始めた。
今やよっぽどの理由なくしてあの地帯に入る許可なんて下りないんだけど、それでも報道陣など、勝手に入り込もうとするやつらもいるからね。不法入国者を取り締まる国境地帯みたいに、『闇のオーロラ』圏の外側をぐるっと柵で囲い始めた地域もあるくらいだ。
きみたちに関しては、なんとかバンクーバーまでは飛行機に乗せてもらえることになったけど、その先は様子を見ながら慎重に北を目指すことになる。簡単にはたどり着けないかもしれないってことを覚悟しておいてほしい」
厳しい話だった。
想像以上に事態が深刻化している。しかも、電波障害が原因で情報がろくに入ってこないのだ。
そんな状況で、ゲイルとブレイズを預かっているというあの人は、大丈夫なんだろうか。
蒼仁の心を見透かしたかのように、理事長は「僕の甥っ子が今、ホワイトホースあたりにいるんだけどね」と、言葉を続けた。
「車が使えないんじゃ、交通網が全滅じゃないか、どうやって移動するんだ? って、普通思うじゃない。甥っ子はなんと、それこそ二十世紀初頭までは立派な交通手段だった、犬ぞりをマスターしたみたいなんだ。他の現地マッシャー(犬ぞり操者)たちにも声をかけてね。物資の運搬や情報伝達を、昔ながらの方法で細々と続けているらしい。きみたちも、無事に会えたら犬ぞりに乗る機会があるかもしれないね」
ゲイルとブレイズだ!
蒼仁の意識が高揚した。
今この時、蒼仁は二頭の飼い主であるブレンから昨年聞いた話を思い出したのだ。
ゲイルとブレイズは、夏はカヌー犬、冬はそり犬として鍛えられていた。
が、気候危機により、極北の氷はすっかり脆くなってしまった。毎冬開催されていた犬ぞりレースが次々に中止され、二頭はそり犬としての活躍の場を失ってしまった――
理事長の甥っ子・折賀美仁は、ブレンの家族にその話を聞いたのだろうか。
公園で通信したとき、確かに彼はこう言っていた。
(今、こっちはかなり厳しい状況だ。いずれ人の力よりも動物たちの力を頼みにする時が来る)
あの話は、こういうことだったのか。
どんなに厳しい事態に遭っても、必死に探せば道は必ずどこかにある。
絶望的な環境の中にあっても決して折れない、人の不屈の精神を教えられたような気がした。
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