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3行日記 #149(ラクテンチ、孔雀、両手いっぱい)

二月二十六日(月)、晴れ

別府三日目。

朝、最後の朝も地獄蒸し。豚まん、ほうれん草、林檎。妻が小皿に塩をだそうとしたのだが、広い口から一気になだれでた塩がこんもり山をつくり、料亭の入口に供えられる盛り塩のようになった。二日間をすごした貸間を離れ、バスに乗って山を降りる。

午前、ラクテンチ。もうすぐ百年をむかえる、ゆるさが売りの、レトロな遊園地だ。入口のゲートがお城みたいでかわいい。ロープウェイで斜面をのぼった先で、アヒルのレースがはじまった。さあ、何が勝つか、でてこおい、がんばれえ、それいけえ! おじさんが木箱を叩くと、蓋がひらいてなかから一斉にアヒルが走り出す。真っ先にゴールに着いたのは、だれも予想していなかった黒だった。動物のエリアにマガモ、アヒル、フラミンゴ、ニワトリなどの鳥がごちゃまぜになっている檻があり、そのなかに孔雀もいた。来園者も檻のなかに入って餌をあげることができたので、餌のカップを握りしめて孔雀に近づいた。あんなに近くで孔雀を見たのは初めてだ。つぶらな瞳のうえに、くるりんとした睫毛があり、羽は高価な織物のようだった。ゴーカート、回転木馬、観覧車に乗った。

昼、ガード下にある店の食べ物を買い集めた。揚げパン、白身フライ、かき揚げ、鯵天。

午後、電車に乗って二駅離れた大分へ。車窓から海が見えた。大分は別府よりも街、という感じだった。都市のどこにでもあるような店が散らばっていた。郷土玩具の店を目当てにしていたのだが、残念ながら、地元の作家さんが体調を崩しているらしく、いまは売っているものがなかった。商店街を歩いていると、呉服屋のなかに古本の棚がある店があった。別府に戻る。車掌のアクセントが独特。べっぷ、と言い切らず、べっぷぅ〜。ぷぅ、のほうがアクセントが強く、少し音が高くなる。外に出る。大分の街よりもこっちが落ち着く。

夕方、バスでフェリーターミナルへ。荷物をロッカーに預けて身軽にして、近くの店へ鶏天のテイクアウトを買いに行った。想像を大きく超える美味しさではなかったが、身がやわらかくて味もおいしく、乗船までの待ち時間にぺろりと一人前を食べてしまった。

帰りのさんふらわあに乗る。固く握った拳を中心にして、扇のように袋をひろげて、お土産を両手に十個ほど抱えた男のひとがやってきた。立派なあご髭をたくわえている。海外からの旅行客のようだ。荷物はそれだけでなく、大小二個のスーツケースを転がしている。両手がふさがっているから、足で蹴飛ばしてきたのだろうか。晩飯のときに、近くの席で弁当を広げていたのだが、料亭のお弁当のように、区切られた九つの枡に色とりどりのおかずが詰まっていて、自分で炊いたのか、透明の巨大なタッパーに入った白飯を一緒にかきこんでいた。下船時には船員からもらった白い大きな紙袋にお土産をまとめ、備品の台車で運んでいた。

出港のときを甲板で待つ。エンジン音が響いて船がまえに進み、町の明かりがゆっくり遠ざかっていく。むこうの山並みに、赤くちいさく光る点が五つ並んでいる。ラ、ク、テ、ン、チ、ラクテンチ。一文字ずつ瞬いて見送ってくれた。

夜、海鮮太巻、豚汁、おはぎ。行きの便よりも安い部屋だったが、こちらのほうが揺れが小さく、エンジン音も静かに感じた。酔い止めが効いたのか、それとも、旅の疲れが溜まっていたのか、行きよりもしっかり眠れた。

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