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3行日記(稲刈り、赤富士、男根)

九月二十三日(土)、晴れ。
秋分、雷乃収声、かみなりすなわちこえをおさむ

前日に東京で用事があったため、浅草に宿をとった。朝七時に出発し、上野から北陸新幹線はくたかで長野へ。特急しなのに乗り換えて松本へむかう。

途中で、もうすぐ日本三代車窓車が見える、と車掌からのアナウンスがある。山すそを走る電車から、千曲川が流れる平野を見渡すことができた。しばらくすると、右側に田んぼが続く。稲刈りをしている。刈り終わって、稲を束に縛って、はざかけをしている人も。多少のずれはあるが、どこの田んぼも今週末に収穫をするようだ。おばさんとお母さんと小さい娘、三世代みな総出で稲刈りをして休んでいるのか、田んぼのすみっこにかたまって一休みし、通りすぎる電車に向かって手を振っていた。

昼、最初に向かった民藝レストランに長い行列ができていたため、ふらふらと別の店を探し、若大将という定食屋で山賊焼きを食べた。鶏胸肉を薄く延ばして揚げたものだ。薄味だが、がっつり腹にたまった。

松本への旅は、妻の友人の展示を見に行くのと、夜のお祭りを目当てにしてのことだった。まずはバスで北に向かって、展示をやっているカフェへ。昭和のアイドルの歌謡曲が流れていた。畳の部屋のちゃぶ台の席に座った。話をあわせていたわけではないのだが、妻の友人や知人が三人も集まった。妻の仲間のコミュニティは、誰かが展示をすると遠くても駆けつける。結びつきが強い。

歩いて南へ。松本城で、鳩を両手のなかにわんさかと集める鳩おじさんを発見。さらに歩いたところで、三匹の兎をベビーカーに乗せて散歩している、兎おじさんとも遭った。

その後、民藝家具がたくさんある人気の喫茶店で一休みしたあと、宿へむかうバス停に向かって歩いていると、郷土民芸の「道祖面」をモチーフにした面が、とある民家の敷地に飾られていた。顔どころか胴体も隠れてしまうほどの大きなお面で、目ではなく口に穴が開いている。近くの看板にはローマの休日ならぬ「松本の休日」と書いてある。どうやら、お面の口に手をいれて、あの映画の一場面のようにしてみては、ということらしい。

その敷地の壁には、夕陽に染まった真っ赤な富士山の絵が掛けられていた。見学もどうぞ、と書かれていたが、入り口の引き戸のむこうのカーテンは閉じられていて、誰もいないように見えたので、いったんその場を離れることにした。だが、しばらくして、妻が気になりだしたのか、さっきのところピンポンしてみてもいい? と言ったので、もう一度戻ることにした。

ピンポーン。ベルを鳴らしたが誰も出てくる気配はない。だが、しばらくすると、二階から誰かが顔をだした。見学させてもらえませんか。いま降りるから待ってて。そんなこんなで、カーテンが開いて顔をだして現れたのが、赤富士に見せられた百瀬さんだった。いま相撲を見てたんだけどね。そこから私と妻は二時間近く百瀬さんと話しこむことになる。

百瀬さんは九十三歳。七十年以上も赤富士を描き続けている人だった。木枠に石膏を流しこんで型をとり、尾根の凹凸のところに蛍光塗料を塗ると、紅く焼けて光っているように見える。私たちは工房にいれてもらって話を聞いた。赤富士だけでもすごいのだが、中に入ると、いろいろ気になるものがあった。中の畳の小上がりは、カラオケができるようになっている。その隣には、DIYで木を組んで自作した、屋台のバーカウンターがあった。コロナ禍の前には、近所の人たちを呼んで、飲んで歌って騒いで、楽しんでいたらしい。

それだけにとどまらない。さらにもう一部屋、カラオケとバーカウンターの個室があった。どこかのスナックみたいだ。その奥には、湧き水を引いた露天風呂まである。壁には、自分で描いた富士山の絵が飾られていた。三日くらいでできたよ、と飄々と話している。

これだけでも十分、百瀬さんのパワーに圧倒されたのだが、ちょっと前に問屋に納品に行ったんだけどね……、と話が続く。電車で行ったもんだと聞いていたら、どうやら違うらしい。朝七時に富士山のふもとの店に届けなくてはいけなくて、深夜三時ごろに松本を車で出発したらしい。作品は無事に届けられたが、帰りに手元が少し狂って対向車線にはみだしてしまい、ハンドルを切ったときに戻しすぎて、ガードレールにぶつかってしまった。ちょっと擦ったくらいかなと聞いていると、対向車が真っ逆さまに見えて、と話している。ひっくり返ったらしい。百瀬さんはご先祖さまに語りかけて助けを求めた。やがてパトカーが来て救助された。百瀬さんは病院で検査を受けたが、身体はなんともなく、そのまま退院し、一人で電車で帰ったという。電車なんか乗ったことないから、乗り方がわからなくてね。帰宅後、代わる代わる食べ物をもって集まった兄妹の説得を受けて、免許を返納したという。

妻が難病になってしまって、十六年、介護してね……。長生きの秘訣はね……。その後もいろんな話を聞いた。百瀬さんの九十三年間の人生のかたまりを浴びた。最近は、白糸の滝の新しい作品を構想しているらしい。まだ新しいことに挑戦している。友人の木工作家がつくったという、チャックに似た犬の楊枝入れを二つと、犬のメガネ置きを買って帰った。

バスで美ヶ原温泉へ。道祖神祭りに参加した。木でつくった男性のシンボルを、血気盛んな男子大学生が十人がかりで、おいさぁ!おいさぁ!と担いで温泉街を練り歩く。温泉宿に着くと、宿の上がり框に男根を挿入し、客の女性がまたがる。それでは元気よくいきましょう、と声をかけると、よっしゃと大学生が男根を持ちあげる。おいさぁ!おいさぁ! 縦に横に上に下に、リズムよく男根が揺れる。女性は綱を握ってしがみつく。ラストぉ!おいさぁ。男根が降ろされると見物客から拍手が湧いた。

その後もいろんな宿をまわり、私たちが泊まっている宿に到着。いよいよ妻の番だ。男根にまたがり、掛け声がはじまる。妻は、右手を天に突きあげ、男根を乗りこなしていた。温泉街の夜が深まっていった。

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