超短編小説「女子高生のピタゴラス」
「昨日お風呂に入ろうと思ったらさあ、お湯入れ過ぎちゃってー。溢れる寸前のとこで止めたんだけど」
「あー、あるある。お湯が溢れてもったないよねえ」
「いや、あたし、もう入る気が失せて、結局入らなかったんだー」
「ええー、なんで、入ればいいじゃん」
「だってさあ、ピタゴラスになるじゃん?」
「ピタゴラス? あー、あれね、なんかお風呂を溢れさせちゃったおじさん?」
「そう! それそれ! 溢れたお湯で体重が量れるって気づいた人!」
「マジ、大発見だよねー。でもそれとお風呂入らなかったことに、何か関係あるのー?」
「大ありだよー! だって、ギリまでお湯入ってるってことは、あたしが入ったら、あたしの体重分溢れるってことじゃん?」
「うんうん」
「それってさ、湯船から出て、お湯が減った量があたしの体重ってことになるじゃん?」
「あー、そっかそっかあ」
「ねー、わかる? それ見るの、ヤだよねえ? あたし、こんなに体重あるんだ! みたいな」
「わかるわかる、たしかにそれはヘコむから、入りたくないかもー」
「でしょー、もうテンション下がってさあ。だから、もう入るのやめた」
「あははー、何かマユらしいわー、それ」
「えー、あたしらしいってどういうことー?」
駅のホームで、キャッキャと会話を続ける女子高生らしき二人組。その会話を一人の男子中学生が聞いていた。そして、こう思っていた。
まず、それはピタゴラスではなくアルキメデスの逸話だし、量れるのは体重ではなく体積だ。
けれど、彼はその間違いを決して正そうとはしなかった。
なぜなら、少年でありながら、聡明な彼は知っていた。
彼女たちにとって、ピタゴラスとアルキメデス、体重と体積という言葉の違いなどどうでもいい。すべてを雰囲気で共有する女性の話というものは、すべからくこういうものだと知っていたからである。
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