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「未来のために」第10話


第10話 「ガルサ山の城」


 南へ十キロ、突き当たりを西へ十五キロ、伊折はアクセルを踏み込んだままただひたすら救急車を走らせていた。
 平坦な道がいつの間にか登り坂へと変わっていた。いよいよガルサ山に入ったのだろう。しばらく山を登ったところで伊折が救急車を停めた。ドラクレア軍のトラックが二台停めてあったのだ。どうやらここからは歩いて登るしかなさそうだった。
 伊折は持てるだけの武器を持って山へと足を踏み入れた。どこに見張りがいるかわからない。銃をかまえたまま一歩ずつ慎重に進んで行った。静かに、でも素早く足を進めていた伊折は突然体をサッと低くした。少し開けた場所に古いお城が建っていた。お城の門の前に真っ黒な防護服を着た男が二人立っていた。伊折はカバンの中からサイレント銃を取り出して深呼吸をした。狙いを定めて続けて二発撃った。
「ウッ」
「ゲホッ」
 小さなうめき声を出して二人の男は倒れた。二人が動かないのを確認してから伊折は男のもとへ近寄り、男が持っていた銃を取るとカバンの中に入れた。その時、伊折は自分の手が震えていることに気づいた。銃を撃つ練習は何度もしてきたが、実際に人を撃ったのは初めてだった。震える手で門の扉を押し開いた。


「レオ……レオ……」
 ツバサに体を揺すられてレオは目を覚ました。
「……ツバ、サ……」
 レオは起き上がろうとしたが、まるで体が床に張り付いているかのように重たかった。
「よかったレオ。ごめんなさい。私のせいで」
「ツバサ、ケガはない? 大丈夫?」
 レオはツバサの心配をしていた。
「私は平気です」
「そっか、よかったぁ。ここは?」
 レオはズキズキと痛む首を動かして周囲を見た。マリウスに噛まれた首すじから血がにじみ出ていた。
「ガルサ山のドラクレア軍の基地です。古いお城をアジトにしているようです」
「お城か……それで、マリウスは?」
「なぜかわかりませんが、あの後マリウスは苦しんでいました。私たちはすぐにこの塔の上に連れてこられたのでここに着いてからは見ていません」
「そうか。ねえツバサ、ここから出られそうか?」
 狭い牢のようなこの部屋のドアを見てレオは聞いた。
「あのドアを壊してもいいのでしたら」
 ツバサはドアを見て言った。
「あはは、壊してもいいよ。ドアを壊してツバサはここから逃げるんだ」
「えっ?」
 ツバサは必死に起き上がろうとするレオを支えて座らせた。
「よく聞いてツバサ、きっとここにはマリウスたちに連れ去られた人たちがたくさんいるはずなんだ。その人たちを見つけて助けてあげて」
 レオは苦しそうにしながら話していた。
「わかりました。でもレオは?」
「僕が一緒に逃げたらまた捕まってしまう。マリウスが欲しいのはクロスの血だ。僕がおとりになるからそのすきにツバサは皆を」
「でも……」
 ツバサは悲しそうな顔でレオを見ていた。
「大丈夫だよ。僕は血を吸われるだけだ。死にはしない」
「でもそんなに弱って……」
「ツバサ、皆を頼む。さあ行って」
「レオ……」
 肩で息をしているレオを見ながらツバサは立ち上がった。
「わかりました。後で必ず……必ず助けにきます」
 そう言うとツバサは思いきりドアを蹴った。ドアは大きな音をたてて壊れた。
「気をつけてな、ツバサ」
「はい」
 ツバサは走って階段を下りていった。
「頼んだぞ、ツバサ……」
 レオは座ったまま、また意識を失った。

 狭い塔の階段を一気にかけ下りていると、さっきのドアを壊した時の音を聞きつけたのだろう、階段を上ってくる真っ黒な防護服の男たちと出くわした。ツバサは階段の上から思いきり男たちを蹴った。
「グァッ」
「ワァ」
 男三人はうめき声をあげながら折り重なるように下まで落ちていった。倒れている男の上を走って外へ出ると、渡り廊下の先のお城の入り口にも男が二人立っていた。
「止まれ!」
 ツバサに気づき銃をかまえた男にもツバサはお構いなしに向かっていった。
「女の子にそんなもの向けてはいけません」
 ツバサは走りながら両手を広げ、二人の男の顔面にパンチをした。男は渡り廊下の両側から下へと落下した。入り口のドアを蹴破ってやっとお城の中に入った。どれくらいの月日がたっているのだろうか。お城の面影はなく壁は崩れ落ち石の柱だけが残っていた。これでは太陽の光があたってしまう。広い空間の先に上へ上がる階段と下へ下りる階段があった。ツバサは迷わず階段を下りた。五階分ほどの階段を下りた辺りでようやく陽があたらなくなった。案の定、そこには頑丈そうな扉があった。ツバサはありったけのパワーを足にためて扉を蹴った。三回目に蹴った時にようやく扉が開いた。目の前で待ち構えていた防護服の男二人はツバサを見て一瞬とまどった。それを見逃さなかったツバサは二人の腕を掴むと思いきり投げ飛ばした。
「ふう……」
 薄暗い部屋の中に狭い鉄格子の牢屋が四つあった。レオが言っていた通り、牢の中にはドラクレア軍にさらわれた人たちが捕えられていた。
「さがってて下さい。今開けますから」
 ツバサはそう言うと鉄格子ごと引き剥がしていった。中から出てきた人々は口々にお礼を言っていた。
「まだお礼を言うのは早いです。日が暮れるまで待たなければなりません」
 ツバサの言葉で皆は肩を落とした。
「待たなくていいぞ、今すぐ出ようぜ」
 その時、ツバサの背後から聞き覚えのある声がした。
「伊折!?」
 ツバサは振り向いて伊折に駆け寄った。
「来てくれたんですね!」
「ああ。ツバサ、これを皆に飲ませるんだ」
 伊折は麗子先生からもらった小ビンをツバサに渡した。
「これは?」
「とりあえずの抗体さ。飲んだら急いで山をおりろ。軍のトラックがあるからそれを使え。そしてジンのコロニーに向かってくれ」
「わかりました」
 ツバサは二十人ほどの人たちに錠剤を配った。伊折は銃の入ったカバンをツバサに渡した。
「レオはどこだ?」
「レオは西の塔の上です」
「わかった。皆を頼んだぞツバサ!」
 そう言いながら伊折は走り出した。

 
 

 
 


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