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「未来のために」第8話


第8話 「後悔」


 レオが部屋を出ていくと伊折は深呼吸して自分の気持ちを落ち着かせていた。
 家族を失ってからは人前では常に明るく振る舞っていた。つらいのは自分だけじゃない。必死で悲しみをこらえながら生きてきた。自分で自分はもう大丈夫だと思っていた。
 でもレオと出会ってからは何かが変わった。レオと弟を重ねるように見ている自分がいた。伊折にとってはそれが心の救いとなっていた。弟と同じ歳のレオ。同じクロスの血を持ったレオ。レオと出会い、伊折の心の中にはレオと作る明るい未来が見えた気がしたのだ。
 そんな時に聞いたジンの想い。伊折はそれが悔しかった。戦わずに、何もせずにただ生きていくだけでは未来はどうにもならないのではないか。考えかたは人それぞれでも、あんな小さな子どもの未来を考えると、やはり伊折は納得できなかったのだ。こんな世界でも何か楽しみを見つけて笑っていたい。明るい未来は自分で作るしかない。
 実際にレオと出会ってから伊折は楽しくてしかたなかった。世の中がこう変わってしまってから、楽しいと思えたのは初めてのことだった。
 これまでのさまざまな想いを整理し、伊折は気持ちが落ち着くとレオが持ってきてくれたおにぎりを食べながら食堂に行った。
「腹へったぁ」
 キッチンの中のママにそう叫んで席についた。
「はいはい」
 ママは優しく笑っていた。ちょうどそこに教授が入ってきた。
「教授、レオは?」
「うん、サベルタ温泉街に向かったよ。もうあと少しで着く頃なんじゃないかな」
「そっか」
「グレイスホテルの件は残念だったな」
「ん? ああ、本当、残念だけど仕方ないよな。人それぞれってやつさ」
「なんだよ、てっきりまだ落ち込んでるのかと思って慰めようと思ってたのに、もういつもの伊折じゃないか」
 教授は伊折のことを心配してくれていたようだった。
「はは、サンキュー教授。もう大丈夫。レオに慰められたよ」
 教授は伊折を見てニヤニヤしていた。
「ふーん。よかったな伊折。いつも寂しそうにしてたのに。レオに感謝だな」
「は? 寂しそうになんてしてねえよ」
「そうか? でもレオがくる前とはぜんぜん違うぞ?」
「あぁ? ま、まあ、楽しいっちゃ楽しいけど……」
「なんだよ、今日はやけに素直だな。雪でも降るんじゃないのか? ははは……」
「うっせえ」
「あはは……」
 伊折は教授と二人で昼食をすませた。

「ん?」
 一度部屋に戻った伊折はベッドの下に何か黒いものを見つけた。拾って見てみると、それは水島さんからもらった無線機だった。レオがさっき落としてしまったのだろう。伊折はポケットにその無線機を入れて部屋を出た。
 三階の準備室の前についた時だった。階段を駆け上がる足音が聞こえた。
「伊折、伊折! 大変だ! 研究室に来てくれ! 早く!」
「どうした教授」
 ものすごく慌てている教授のあとについて研究室に行った。
「今、戻ってきたら、レオと連絡がとれなくなっていたんだ。それで録音を聞いてみたら、大変なことに……」
「わかったから落ち着けって。それ聞かせて」
「ああ」
 二人はパソコンの中の声に集中した。サベルタ温泉街でツバサと伊折が電波を追いかけ、ドラクレア軍に……。聞いているうちに二人の顔が青ざめていった。
『レオ! レオ!』
 ツバサの叫び声を最後に通信が途絶えた。伊折は激しく鼓動している心臓を押さえながら頭をフル回転させていた。
「レオ……」
 伊折の中に恐怖と絶望が押し寄せてきた。震える手でもう一度パソコンの再生ボタンを押した。
「まず、ツバサは罠にかけられたんだな」
 伊折が言うと教授は頷いた。
「おそらくツバサのアップデートでここの状況が全部つつぬけになったのだろう。大量の通信で怪しまれた」
「そしてクロスの情報を知ったマリウスはツバサを電波でおびき寄せた」
「ああ」
「……ということは教授、この場所もドラクレア軍に知られた?」
 伊折と教授は顔を見合わせた。
「急いで逃げる準備だ! 教授は必要な物を持って、ジェットワゴンのキーを取ってきてくれ。俺は武器を集めて二人を呼んでくる。えーっとえーっと、麗子先生は?」
「ああ……麗子先生は、そうだ、昨日からラボに閉じこもってる。俺が連れてくるよ。じゃあ後で」
「うん、なるべく急いで! あっ、教授、他に乗り物は?」
「ああ……えーっと……病院の救急車がガレージにあったと思うけど……燃料があるかまでは見てないぞ」
「わかった」
 伊折は必死で涙をこらえていた。なぜ、どうしてレオを一人で探索に行かせたのか。あの時自分がもっとしっかりしていれば。自分に対する怒りと後悔であふれていた。もしレオまで失ってしまったら。
 伊折は嫌な考えを必死で振り払い、武器庫で持てるだけの銃をカバンにつめこんだ。そして二階の食堂に下りて叫んだ。
「ママ、マスター、避難だ! 急いで一階へ!」
 何事かとキッチンから顔を覗かせた二人は伊折の真剣な顔を見ると急いで外へ出てきた。
「荷物は?」
「私たちは何もいらないよ。お互いがいればいいのさ」
 マスターがママの手を握ってそう言った。
「そっか、じゃあこれを持って、急ぐぞ」
 伊折は銃を一つずつ二人に渡して一階へ向かった。
 皆が一階のロビーに集まったところで、伊折は一人、外に出てジェットワゴンを点検した。窓にはすき間なくフィルムが貼られているしカーテンもつけてある。フロントガラスにも遮光フィルムを貼ってある。太陽の光があたらないようになっているか確認すると伊折はワゴンをロビーの中まで入れた。
「いいぞ、皆乗って!」
 皆が乗り込むなか、伊折はワゴンを降りた。そして教授にキーを渡した。
「教授、あとは頼んだぞ。とりあえずグレイスホテルに避難してくれ。俺が連絡入れておくから」
「ちょっと待て伊折、お前まさか……」
「俺はレオを助けに行く」
「伊折、ムリだよ、お前一人で何ができるって言うんだ! お前まで捕まって血を吸われて終わりだぞ!」
「……それでも、俺は行くよ」
「頼む、伊折。お前も聞いただろ? レオは……残念だけどレオはマリウスに血を吸われてしまったんだ。生きてるかどうかも……」
「生きてるよ! 血を吸われたぐらいであいつが死ぬわけないだろ? あいつは……レオは俺の助けを待ってるんだ。俺が行かなきゃ」
 教授は伊折の腕を掴んだ。
「伊折、気持ちはわかるけど、お前まで失ったら抗体はどうなるんだ? 治療薬は? お前が言ってた未来はどうなるんだよ?」
「俺の未来にはレオがいる。レオがいないなら俺は未来なんていらない」
「伊折……」
「お願いだ。もう、もう誰も失いたくないんだ! このまま何もしないで自分だけ助かるなんて俺には耐えられない!」
 伊折は教授の手を振りほどいた。
 ――コッコッコッ――
 その時、廊下の先からヒールの音が聞こえた。
「伊折! よかった、間に合ったわ」
 麗子先生が走ってくると伊折のもとに駆けつけた。
「麗子先生……」
「これを持って行きなさい」
 麗子先生は伊折にペンのような形の注射器と小ビンを渡した。
「これは?」
「クロスの血を分解する、いわゆる解毒剤よ。マリウスの話を聞いて思いついたの。マリウスをもとの人間に戻せばいいんじゃないかって思ってね」
「先生……」
「あと、まだ改良の余地はあるけれど、とりあえず抗体ができたわ。レオくんの濃いクロスの血のおかげね。教授の言う通りに調合してみたの。ひとまずはこれでなんとか私たちはしのげると思う。だから伊折、必ずレオくんを助け出して、必ず連れ戻しなさい」
 伊折は麗子先生の顔を見て頷いた。
「サンキュー麗子先生。教授、悪りぃ、あとは頼んだぞ」
 伊折は銃を一つ麗子先生に渡すと、ガレージへと向かって走り出した。
「伊折、待ってるぞ」
 教授の声を背に伊折は走った。



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