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「未来のために」第2話


第2話 「コロニー」


 次の日の朝、伊折はレオを起こしに行き、そのままレオを連れてコロニーの二階にある食堂へと向かった。
 生存者のいるコロニーでは、窓の全てに木が打ち付けられ黒いカーテンがかけられている。太陽の光を完全に遮断するためだ。伊折とレオのいるコロニーもそうだった。建物全ての窓はふさがれ、今が朝なのか昼なのか夜なのかは、パソコンなどに表示される時間だけが頼りだった。
 広い食堂のすぐ手前のテーブルに教授と麗子先生が座っていた。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
「おはようございます」
「昨夜はちゃんと眠れたかしら?」
「はい、ありがとうございます」
 伊折とレオは二人に挨拶を終えるとカウンターに料理を取りに行った。キッチンの中には年配の女性が立っていた。
「伊折くんおはよう。あら? そちらのかわいらしい彼は?」
 女性はレオの姿を見ると、優しそうな笑顔になった。
「昨日見つけてきたレオだよママ。ここで一緒に暮らすことになったから、よろしくな。マスターもよろしくな」
 キッチンの奥のほうを覗きこむようにしながら伊折が叫ぶと、マスターと呼ばれた男がこちらへ向かってきた。
「あ、本城レオです。よろしくお願いします」
 レオが二人に頭を下げた。
「おう、よろしくな」
「よろしくね」
 キッチンの二人はニコニコしていてとても優しそうだった。伊折とレオはトレイに料理をのせてもらうと、それを持って席についた。
「いただきます。食べたらとりあえずここの案内するな」
「うん。いただきます」
 二人はお皿の上にのっているおにぎりを持ちかぶりついていた。食べながら、レオは顔を上げて食堂を眺めていた。
「ねえ伊折、このコロニーに住んでるのってもしかして、これだけ?」
「そう。レオも含めてこの六人。がっかりした?」
「あ、いや、少し……だけ」
「ははは、正直だなレオは」
「ごめん」
「いやいや謝ることないって。でもさ、こんなもんだぜ、他のコロニーも」
「へえ、そうなんだ」
「それだけ生存者が少ないってことだろうな。だから昨日、レオを見つけられて嬉しかったよ」
 伊折が本当に嬉しそうな顔をしている。
「俺もここに来てまだ一ヶ月経ってないんだけどさ、正直寂しい時もあったよ。教授と麗子先生はずっと研究だって言って研究室にこもっているしさ、ママとマスターの夫婦はいつも二人でキッチンにいるし、夜は食料の調達に行くだろ? だからレオを見つけられて本当によかったよ。ねえ、レオは歳いくつ?」
「僕は十六。伊折は?」
「俺は十八、よかった、歳が近くて」
「うん」
「なあ、レオは今までどこにいたんだ?」
「家族が、父さんと母さんと妹が半年前に死んでからはずっと家に一人でいた。ライフラインは無事だったから」
「そっか。で、昨日はたまたま外に?」
「うん。電波放送で、軍が生存者を探してるって言ってるのを聞いて、行ってみようかなって思って」
「軍ってもしかしてドラクレア軍?」
「うん、そんな名前だったかな」
 それを聞いた伊折の顔が真剣な表情に変わっていた。
「危なかったな……いや、俺も詳しくはわかんないんだけどさ、ドラクレア軍ってヤバいみたいだぜ」
「ヤバいって?」
「噂ではあいつらは夜に外に出てる人間を連れ去ってモルモットにしてるって。ヴラドウィルスの抗体とか薬を研究して、集めた人間に強制的に投与して実験してるって話し」
「そんな……」
「もしあいつらにクロスのことがバレたら大変なことになるぞ。あとで教授たちに報告しておこうぜ」
「うん」
「俺たちの体なんて、すぐに切り刻まれるかもしれないからな」
「……うん」
 レオの表情が暗くなっていった。
「まあそうビビんなって。ちゃんと対策は考えてあるからさ……」
 朝食をすませると、伊折はコロニーの一階から順にレオを案内していた。昨日最初に行ったERと書かれた研究室。ここに常に教授と麗子先生はこもっているらしい。他にも一階には二人が研究用に使っている部屋があるとのことだ。
 食堂がある二階にママとマスターの夫婦が住んでいて、三階につくと伊折は楽しそうな顔で振り向いた。
「見て驚くなよ」
 そして興奮した表情で三〇一号室のドアを開けた。
「ジャーン!」
 部屋の中には銃やライフルなどの武器が大量に並べられていた。
「は? 何でこんな物が?」
 レオは初めて見る銃やライフルに驚いていた。
「さっき言っただろ? ドラクレア軍の対策だって」
「でもこんな……」
「自分の身は自分で守るしかないんだぞレオ。それでなくても俺たちは貴重な存在なんだからさ。レオも自覚しないとな」
「そうだけど……」
「気持ちはわかるけど、実際にそういう世の中になってしまったんだよ。皆自分を守るのに必死なんだ」
 レオは何も言わず、不安そうな顔で部屋の中の武器を見つめていた。
「あとで使い方教えるな」
 伊折はレオの顔を覗きこんだ。
「レオ、もしかして後悔してるんじゃないか? こんなことになるんだったら、あのまま一人で家にいた方がよかったって」
「えっ? ああ、うん。ちょっと思った」
「ぷはっ、ほんっとに正直だな」
 伊折が吹き出していた。
「レオ、人間は一人では生きていけないと思うんだ。今のこの世の中では特にな。かと言って人といると何かしら問題は起こる。人それぞれ考え方も違うしこんな世の中を誰だって恐がっている。誰かがそばにいれば寂しさはまぎらわせられるし楽しいこともあるけどさ、我慢しなきゃいけないこともつらいこともたくさんある。それでも俺たちはこのコロニーで精一杯生きていかなければならないんだ。未来のために、俺たちは特にな。俺とレオがクロスであるかぎり」
「未来の……ため」
「そう、未来は俺とレオにかかってるんだぞ」
 伊折はレオの背中をポンっと叩いた。
「レオ、もっと強くなれ」
 レオは伊折の顔を見た。
「心配すんな。それまで俺がレオを守ってやるから。俺たちは同じクロスの血を持つ兄弟だ。だろ?」
 伊折はそう言ってレオに笑いかけていた。
「兄弟……」
 その時レオはふと考えていた。初めて会った時から伊折はやけに自分に優しかった。自分のほうが年上だからしっかりしないといけないと思っているのかもしれないが、もしかすると伊折には弟がいたのかもしれない。
「三階はこの武器庫と探索に出る時の準備室な。あとは教授と麗子先生の部屋もあるんだ」
「わかった」
 伊折とレオは階段を上り四階の廊下を歩いた。
「四階は俺とレオの部屋以外は何も使ってない。今のところの俺の目標は、生存者を見つけてこのコロニーの部屋をいっぱいにすること、だな」
「そっか」
「今のこの世界では、人がたくさん集まらないと何もできない。未来のためには人が必要なんだ。俺はそう思ってる。だから、レオも一人で生きていこうとか考えないでほしい」
 歩きながら話している伊折の背中を眺めていたレオは足を止めた。
「伊折」
「ん?」
 突然呼ばれた伊折は振り向いて立ち止まった。
「伊折、ありがとう」
「なんだよレオ、急に」
「僕、決めた。僕の目標は、伊折の目標を叶えてあげることだ」
 レオは笑顔で伊折を見てそう言った。
「……あは、そっか。わかった。ありがとうな」
 照れくさそうにしながら伊折は前を向き、また歩き出した。
「さあ、レオの検査結果を聞きに行くぞ」
「うん!」
 伊折の背中を追いかけて行くレオは笑顔になっていた。

「レオくんの血液のクロス含有量は相当なものだよ。これだったら抗体も治療薬も夢ではなくなるかもしれない」
 神山教授はパソコンに向かって興奮した様子で話していた。
「体もいたって健康よ。何も問題ないわ」
 麗子先生もパソコンの検査結果を見ながら話している。
「それでさっきの話、ドラクレア軍のことなんだけど、おそらく軍はもうとっくにクロスの存在は知っていると思うよ。世界中の有識者たちが情報を共有しているからね。人をさらって実験しているってことは、軍の方が研究も何もかも進んでいるのかもしれない」
「とにかく軍よりも先に多くの生存者を見つけてあげることね。これから二人には日中に外に出てもらうことになるけれど、くれぐれも気をつけて」
「はい」
「わかってるよ」
 教授は机の引き出しを開けると何かを取り出し二人の前に立った。
「外に出る時はこれを一つずつ耳につけてて」
 伊折とレオが受け取ったのは小さなイヤホンのような物だった。二人はそれを耳の中に差し込んでいた。
「それで通信できるからさ。会話もできるしこっちで居場所も特定できる。安心して探索できるよ。あとは準備室で装備してからな」
「サンキュー教授」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっとだけ探索に行ってくるわ。レオにも早く慣れてほしいからな」
「わかったわ。気をつけてね」
「行ってらっしゃい」
 教授と麗子先生に見送られ、伊折とレオは三階の準備室に向かった。準備室で二人はフード付きの黒いマントを頭からかぶり体をおおった。赤い目が目立たないよう、薄い青色をしたゴーグルをつけた。それから伊折はレオを武器庫に連れて行き、レオに小さな銃を渡した。
「これは安全装置も何もない、撃てばすぐに玉が出るやつな。今日はとりあえずこれをポケットに入れておいて」
 伊折はレオのマントのポケットにその銃を押し込んだ。そして自分も銃をポケットにしまってから「準備完了!」と言って部屋を出た。


第1話


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