司書のイメージが気に食わない。
どうも。図書司書4年目、クロミミです。
司書をやっていて、常々思うことがあります。
「司書の持つイメージ」についてです。
それはズバリ、暗いこと。
無口で暗くてお堅く。
司書に対して、そんなイメージを持たれている方が多いことでしょう。
でも、司書って実際そんな人がやっていける職なのかと言われると絶対そうとは言えない、と思う。
だって本質は接客業なんですから。とくに、「正規」図書館司書になるのであれば、まず人間関係を面倒くさがってはいられません。
本が好きなのは大前提として、人と関わることが好きでないとやっていけない職だとしみじみ思います。むしろ、本についての知識は後からいくらでも入れられるから人へ目を配り、観察し、分析する頭を磨くべきだと思う。司書は常にブラッシュアップが必要な職です。無論これはあらゆる職にいえることでしょうが。
これは学校司書、公共司書問わず言えることです。両方やってるわたしがいうんだから間違いない。
公共司書が接客業なのは、なんとなく想像つくと思います。カウンター業務があるので。ただ、重要なのはそれだけではない。公共図書館というものはひとつの大きな生き物なのです。全く違うことを考え、行動する人々が集まった組織。大きな図書館ともなれば、全員で100人以上にもなる。
しかも、正規司書ともなればその中心で取り仕切りを行わねばならない。こんな職務が人と関わることを拒絶して務まるはずがないのです。しかも、近年正規図書館司書は減る一方。採用されてすぐ、取り仕切りを行うことを要求されてもおかしくはない。(実際わたしの身にはそれが起こった)
ちなみに、学校司書でも正規はこういう立場になりやすいんじゃないかな。今正規で学校図書館司書してるけどら学校司書の取りまとめしてるもんね。この間、校長先生に聞かれて、組織図描いて、学校司書の中だとわたしの立場が係長(図書館で2番目に偉い人)の次ですよって説明したら校長マジか…ってなってたもんな。
わたしも言いたいなぜこんな立場に、わたしなんかがなったのかと。
かーーーーーーーめんどくせええええええーーーーーー
一瞬で50代とかになりたいマジで。したらちっとは貫禄もでるやろ。
では、学校図書館司書にはなぜコミュニケーション能力が必要なのでしょう。
それはひとえに、学校司書が教師に「うまく使ってもらう」ことが大切な仕事だからです。
学校司書中でも小学校司書の仕事の多くは、教師との信頼関係で成り立っています。「この人は頼めばやってくれる人だ」という信頼を得ることが大前提。ついでに「面白い人だ」とか「楽しい人だ」と思ってもらえれば御の字です。頼みづらい人に仕事を依頼しようと思う人はいないですからね。しかも、子供と接する以上、教師的な側面も多分に必要とされてくるのです。(特に専任だと)
ただし、これも小、中、高と上がっていくにつれ、重要ではなくなってくる。
では、中学校、高校の司書になぜコミュニケーション能力が必要なのか。それは近年、図書室が「第二の保健室」として機能することが増えているから。
そう。図書室は支援を必要とする子どもの避難場所として求められるようになってきているのです。実際に問題を抱えた子が図書室なら、本を読んでいれば落ち着けるという様子をわたしも多く見てきました。
そして、時にはそういった子供が唯一心を開くのが司書という場合もままあることなのです。
ここまでいってもまだ、司書は本が好きなのはおとなしくて暗いやつがなる仕事だと思いますか?
絶対に違うし、それでいいと思ってこの職を選ぶと痛い目見ます。ていうか、わたし自身すでに現在進行形で苦労の重ねがけをせざるを得ない状況。毎日ヒーヒー言いながらな!
いいか、とにかく人と話せ!
そしてそいつがどういうやつなのかよく見ろ!
それだけお伝えしたい。
てか、愚痴聞いてくれてありがとう!
正規目指す人は腹決めて頑張ってください。
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